王族との取引
スイアは30代の男で、理知的な顔をしていた。話し合いに応じるタイプだろう。
隼人はスイアに言った。
「ヤミ金ギルドのマスターである沢崎隼人だ」
相手は目上であり、王族だ。が、隼人はあえて敬語を使わないことにした。そっちのほうがヤミ金ギルドらしいのではないか。
スイアは隼人を見ると、言った。
「セーラを無事に送り届けてくれたことには、感謝しよう」
行き違いがあるようだ、と隼人は思った。
「残念だが、セーラは連れて帰る。〈大王宮〉はセーラにとって安全ではないし、セーラは大切な仲間なのだから」
スイアの口調が鋭くなった。
「王族をギルド員にするとは、前代未聞だ」
セーラを、ヤミ金ギルドの一員にする、という考えはなかった。セーラに、ヤミ金の仕事などはさせられない、というのが一番にあったからだ。だが、ギルド員として名前を貸してもらえるだけでも、ヤミ金ギルドの強力な後ろ盾になるか。
だが、それは宰相ビルドと王位継承権第2位(グルを消した今では)トルネを片付けてからだ。それまではセーラがヤミ金ギルドにいることは、隠しておかねば。
「セーラがどこの組織に所属するかは、彼女が決めることだ」
スイアはうなずいた。
「そうかもしれないな」
思っていた以上に、話がわかる男のようだ。
「スイア、あなたは現在、王位継承権第1位の身だ。王の身になにかあれば、あなたが王になる。これも王位継承権第1位のグルが、第3位のトルネに殺されたからだ」
「正々堂々とした決闘で、な」
「それが違う。あの決闘は罠だった。宰相ビルドが、グルを後ろから攻撃した。グルは背中に致命傷を負っていただろ? 2人が結託して、邪魔なグルを始末したんだ」
スイアは動揺することなく、うなずいた。
「やはり、か。私も疑ってはいた」
隼人は拍子抜けした。王族による王族殺しを、どうスイアに信じさせるか、隼人はずっと考えていたのだが。
どうやら、トルネはもともと評判が悪く、宰相ビルドも陰でコソコソやっているのを気取られていたようだ。
スイアが言った。
「貴様たちの目的はなんだ? 私に、ただで情報を与えにきたわけではないのだろう?」
「そうだ。ヤミ金ギルドがどういうものか、すでにセーラから聞いているのか?」
スイアはうなずいた。それから、胡散臭そうな顔をした。
「カネを貸すことを専門に行うギルドらしいな。そのようなギルドに需要があるとは、にわかには信じられない」
「それがあるわけだ。おかげで、ヤミ金ギルドはすぐにでも上位ギルドとなることができる。だが、それを面白く思わない連中もいる」
「敵がいるわけか」
「そうだ。〈メシア〉というギルドだ。ハンター・ギルドでは最大手といえる。王国とも懇意にしているようだ。この〈メシア〉が、反ヤミ金ギルドの同盟を作った」
スイアにはトルネという敵がいるし、ヤミ金ギルドには〈メシア〉がいる。権力を得ると、敵は増えるようだ。
「ヤミ金ギルドは、〈メシア〉を潰したい。〈メシア〉を潰せば、同盟は崩れるだろう」
「ギルド同士で戦争を起こすのか?」
「いいや、戦争する必要はない。おれが〈メシア〉のギルド・マスターを殺す。それで済む」
スイアは納得した様子でうなずいた。
「〈メシア〉を潰す許可を得にきたのだな」
「〈メシア〉は王国と懇意だからな。〈メシア〉を潰すことで王国を敵に回したくはない」
いまはまだ、と隼人は内心で付け足した。
スイアは顎に手を置き、考え出した。ふと隼人は、これからスイアがなにを言うのか、察しがついた。それは隼人にとっても好都合な話だ。
やがて、スイアが言った。
「〈メシア〉を潰すことを許可しよう。だが、交換条件がある。トルネとビルドを始末してくれ」
「殺しは、暗殺ギルドの仕事だが?」
スイアは笑った。
「かまわない。王位継承権第1位からの特例だ」
隼人も笑った。
「わかった。こちらも、トルネとビルドには消えてもらいたいと思っていたところだ」
トルネとビルドはこの時点では殺せないと思っていたが。スイアからの依頼となれば、話は別だ。心置きなく殺せる。