軍資金確保の算段
王国へのギルド登録という煩瑣な手続きは、すでにライラが済ませてくれていた。
隼人は、あらためて自分のステータスを確認した。HP・MP・攻撃力・防御力・敏捷性・運が『∞』(ライラという有能なサブ・マスターを得られたのは、運が『∞』故か)。
だがステータスには重要な項目が抜けている。
所持金だ。
ヤミ金ギルドをはじめるにしても、まず軍資金がなければならない。つまり貸付を行うための元金だ。
隼人はライラに尋ねた。
「ギルド開始時に、王国から資金を借りられたりはしないのか? はじめの認可金の納入日までに完済する、という条件で」
王国から融資は受けられないのか、という話だ。
ライラは小首を傾げた。
「お金を貸し借りする発想が、我々にはないわね」
ヤミ金どころか、この王国には『カネ貸し』の概念がないのか?
「もしかして銀行とかもないのか? 融資はないにしても、お金を預けるところくらいはあるだろ?」
「お金を預ける? なぜ、そんなリスクを冒すの? 預けたお金を持って逃げられたら、どうするの?」
どうやらオウス王国の民は、みな『箪笥預金』のようだ。
「しかし、どんなギルドも最初は低位のはずだ。認可金を稼ぐにも軍資金は必要。その軍資金はどうしているんだ?」
「いくつかパターンがあるわね。たとえば、力のあるギルドの支援を受ける、とか」
「それだと、どういう仕組みなんだ?」
「ここに、ハンターギルドAがあるとするわよね」
ハンターギルドとは、モンスターを狩る花形、という話だったが。
「まてよ。Aということは、ハンターギルドはほかにもB、C、Dとたくさんあるということなのか?」
「当たり前でしょう。ハンターギルドは人気のギルドだもの。もちろん、大手のハンターギルドもあれば、青息吐息のハンターギルドもあるけれど」
ギルドとは、日本でいうところの会社のようなものか。
たとえば、出版社ひとつ取っても、数多の出版社がある。その中では、誰もが知っている出版社もあれば、マイナーな出版社もある。
「理解した。続けてくれ」
「でね。ハンターギルドAが、専属の武器鍛治ギルドを作りたい、と思うわよね。そうしたら武器鍛治ギルドAから、腕のよい職人aを引き抜くの。そして職人aに資金を提供して、ギルド・マスターにしてしまうの」
「職人aに、武器鍛治ギルドBを作らせるわけか」
「そういうこと」
「専属の武器鍛治ギルドのほうがいいのか?」
「専属ギルドなら、いろいろと融通が利くもの」
「なら、いっそハンターギルドAの中で、鍛治部門を作ればいいんじゃないか? わざわざ武器鍛治ギルドBを作ったりせずに」
「それはダメよ。ハンターギルドが行っていいのは、モンスターを狩ることだけ。武具の製造などは、鍛治ギルドの仕事だもの。違反したら、良くて罰金。悪くてギルドを潰されるわ」
オウス王国では、餅は餅屋という考え方を法律にしてしまったようだ。
「すると、支援を受ける以外に手はないのか? クエストをこなすと報酬を得られる、というものはないのか?」
ステータスは全てが『∞』だ。モンスターを退治して報酬を得る、などのクエストがあれば、稼ぎ放題といえる。
だがライラは首を横に振った。
「クエストって、なんなのか知らないけど。とにかく、そんなものはないわね」
ヤミ金ギルドは、さっそく暗礁に乗り上げてしまったのか?
「あと軍資金を得る方法は、強奪しかないわね。べつのギルドを襲って、金庫にある資金を強奪するのよ」
隼人は一考した。たしかに強奪とは手っ取り早い方法ではある。だが、法に反することをして、低位ギルドのうちに王国ににらまれるのは考えものだ。
「ひとまず法律を違反しない手を考えよう」
「違反しないわよ」
ライラはさらっと答えた。隼人は、あらためて思った。ここは異世界なのだ。元の世界の常識は通用しない。
「強奪は、法に反しないのか?」
「当然よ。お金を強奪されるのは、そのギルドの責任だもの。あ、でも強奪していいのは、ギルドからだけよ」
「一般民からは強奪するな、ということだな?」
「そういうこと」
何度目かになるが、隼人は自分のステータスを見やった。続いて、ライラに聞いた。
「強奪のデメリットは?」
「いくつかあるわね。まず、強奪に失敗した場合。下手したら殺されるわ」
「ところで殺人は法に反するのか?」
「いいえ。ギルド民同士で殺しあう分には自己責任よ(一般民が関与すると、また別だけどね)。ただ、あまり殺人は行われないわね」
「なぜ?」
「ギルドAの者が、ギルドBの者を殺したら、ギルドBは報復に出るわよね。そうしたら戦争になるわ。よほどの事情がないと、戦争は一文の得にもならないわ」
合理的な考えかただ。そして、強奪行為もまた戦争の火蓋を切りかねないか。
「戦争にはいたらなくとも、強奪したギルドとは敵対することになるな」
「そうね。友好的にはならないでしょうね」
隼人はメリット・デメリットを秤にかけた。可能ならば、早い段階で敵は作りたくない。だが、ほかに選択肢はないようだ。隼人は決断した。
「よし。軍資金を得るため、よそのギルドから強奪するとしよう」