転移したらギルド・マスター
目覚めると、隼人は固い床の上に寝ていた。
起き上がって周りを見てみるも、暗くてなにも見えない。停電でもあったのか。明かりがないのは不便だ。
そう考えると、前方にいきなり文字が浮かんだ。その文字は、象形文字のようで読めたものではなかった。それにしても、空中に浮き出るとはホログラムの一種だろうか。
やがて隼人は、その文字が空中に浮き出ているのではなく、自分の視界の中にあるのだ、と気付いた。そのことを認識したとたん、なぜか象形文字が読めた。
その象形文字を口に出してみる。
とたん、あたりが光に満ちた。
いまのは魔法詠唱だったのか。
隼人が『明かりが欲しい』と考えたため、明かりをもたらす魔法が検索された。すると魔法発動に必要な呪文が、視界に現われたのだ。
そして隼人はその呪文を読み上げることで、光の魔法を発動した。
視界の文字が切り替えられて、MPという項目が出た。
MPの隣には∞とある。
隼人は考えた。仮にMPを∞設定にしていなかったら、いまの光の魔法で、いくらか消費されたのだろう。
しかし、なぜおれは、この非現実的な事態がすんなりと受け入れられるのか?
隼人はそのことを不思議には思った。だが追求しないことにした。
それより、思いがけず魔法を使ってしまった感動のほうが大きい。
隼人は、魔法によって明かりのともった室内を、あらためて見回した。
予想はできたが、自室ではなかった。十畳ほどの広さで、天井も高い。家具などはなく、がらんとしている。
天井や床や壁は、青白い金属でできていた。叩いてみると、コンコンという音がした。ほかに目につくのは、ドアのようなものだ。ただし取っ手がないので、どう開けたものか考えさせられる。
隼人がドアを見ていると、いきなりドアが消失した。
そして、少女が現われた。
少女は16歳くらいの年齢で、空色の髪を腰まで伸ばしている。エメラルドグリーンの瞳、雪のような肌に、端麗な顔立ち。
文句なしの美少女だ。
5分前までの隼人だったら、こんな美少女を前にしたら、緊張してまともに会話もできなかっただろう。
だが、ふしぎといまの隼人は、緊張することもなく、堂々と構えていられた。
少女は軽装鎧を着ていた。露出は多く、へそがまるだしだ。腰には剣を下げていた。RPGに出てくる女剣士、というところか。
魔法を使ったばかりなので、隼人はとくに驚かなかった。
少女が言った。
「ようこそ、アルギナへ。わたしはサブ・マスターのライラ・ルクスタよ。ライラと呼んでくれていいわ」
隼人は一考した。アルギナとはこの世界の名称か。おれは、このアルギナという世界に転移してしまったようだ。おかげで借金を返さなくて済む。
ところで、ライラは異世界の言語で話した。だが隼人には、日本語のように理解できた。
「おれは沢崎隼人だ。隼人と呼んでくれ」
隼人は自然と、この世界の言語を使っていた。
「よろしく、ハヤト」
隼人は、ドアがなぜ消えたのか尋ねるべきか、考えた。無知をさらすのは考えものか? だが、どうせ自分はアルギナについて、なにも知らないのだ。
ライラという少女が何者かはわからない。だが、彼女かにいろいろと教わったほうが良い。
少なくともライラは信用できる。アルギナに転移してから、隼人の神経は研ぎ澄まされていた。
そのため、直感というものが良く働くようだ。
ライラは味方だ。
「いま、そこのドアが消えたんだが」
見ると、消えたドアが復活している。
「さらに復活したんだが。なぜだろう?」
ライラはドアを見やって、微笑んだ。だからといって、隼人の無知をバカにしているわけではないようだ。
「『魔法扉』だからよ。ここのギルドに所属している者だけを通すの。よそのギルド員は通さないわ」
「君には正直に話すが、おれはどうやら別の世界から転移してきたようだ」
「知っているわ。ただし、他の人たちには隠していたほうがいいわね。弱味になるかもしれないし」
ライラが知っている分には、弱味にはならないか。隼人はそう結論した。
「どうして、おれが転移したと知っているんだ? そうか、他にも転移してきた者はたくさんいるんだな?」
「どうかしらね。滅多にないことだと思うけれど。ただ、転移してきた人たちは、きっとそのことを隠し通すでしょ。だから正しい統計は取れないわね」
隼人はうなずいた。自分もまた隠し通すわけだから。
「君だけが知っているのは、どうしてだ?」
「それはご神託があったからよ。異世界から新たなギルド・マスターが来る、とね」
ライラはニッコリ笑った。
「期待しているわよ、ギルド・マスター」
先ほどライラは自分のことを『サブ・マスター』と言っていた。
「すると、君はおれの副官みたいなものか」
「そういうことになるわね」
隼人の直感が、自分は優秀な副官を持った、と教えてくれた。
「ところで、聞いていいか?」
「いいわよ」
「おれはなんのギルドのマスターになったんだ?」
ライラは訝しげな顔をした。
「変ね。ギルド・マスターが、自分が創設したギルドのことを知らないなんて」
それから心配そうな顔をする。
「異世界転移のとき、記憶障害を起こしたのかしら?」
「いや、大丈夫だ。心配しないでくれ。念のため、君の口から聞いておきたかっただけだ」
隼人は考えた。自ら設定したステータス画面。すべてがあの通りだとすると、おれのギルドというのは──。
ライラが答えた。
「ヤミ金ギルド、というものよ」
「やはり、か」
「ところでハヤト。ヤミ金とは、なんなの?」
隼人はアルギナについて、1つ知った。
アルギナには、ヤミ金というものはないようだ。