カモを釣りに行く④
休憩スペースには、座り心地のよいソファが並んでいた。隼人が腰かけてリラックスしていると、やがて一匹目のカモがやってきた。
あっさり、ライラに釣られたようだ。
カモは、隼人が待っているのを見て、顔をしかめた。ライラと2人きりになれるものと思っていたらしい。
隼人は、自分の向かいの席を示した。カモはその席に腰かけた。カモはひょろっとした男で、年齢は25くらいだった。
まずは自己紹介からはじめるか。
「おれは沢崎隼人だ。サワザキと呼んでくれ」
カモは神経質そうに言った。
「ぼくはホポス・ポイスライスだ」
「ホポスと呼んでもいいか?」
いちいちポイスライスと呼んでいては、舌を噛みそうだ。
「まあ、構わないけど」
隼人は単刀直入に言った。
「カネがなくてお困りか? 良い解決策を教えてやろうか?」
ホポスは警戒しているようだ。当然だ。これで警戒しなかったら、バカだ。だが、同時にホポスは興味を惹かれているようだ。
ポポスが言った。
「どういうことだ?」
「モノの貸し借りをしたことはあるか? 隣人から農作業の道具を借りるとか」
ホポスはうなずいた。
「何度か」
隼人は内心でホッとした。どうやら貸し借りの文化はあるようだ。このオウス王国にないのは、カネの貸し借りだけか。
「おれも貸してやろう。あんたが必要なカネを」
ホポスは目を輝かせた。
「カネをくれるのか!」
隼人はホポスの顔面を殴った。
ソファが引っくり返り、ホポスの体が後ろに倒れた。ライラが素早くやってきて、ホポスの髪を鷲掴みした。
続いて、どこからともなくナイフを取り出した。きっと軽装鎧にナイフを装着しておけるところがあるのだろう。
ライラがナイフの刃を、ホポスの咽へと突きつける。
「殺しますか?」
第3者がいるところでは、ライラは隼人に敬語を使う。
「まて。殺すな」
賭博ギルド員が何人か、こちらに視線を向けている。だが止めに来る様子はない。客同士の殺し合いは、客の自己責任ということか。
「この男が、マスターを侮辱しましたか? ならば殺さなければ、示しがつきません」
ホポスはひどい有様だった。隼人が殴ったせいで、鼻が潰れている。さらにライラにナイフを突きつけられ、漏らしていた。
隼人は言った。
「いいんだ、ライラ。つい自制心を失ってしまった。おれに非がある」
あまりにホポスがアホなことを言うものだから、カッとしてしまった。
だが多重債務者として地獄を見た隼人だ。「カネをくれるのか?」というホポスの発言には、「ふざけるな」と思わずにいられなかった。
「ライラ、その男をソファに座らせてやれ」
「ホポス、そこに座りなさい」
ライラがナイフを離した。ホポスは震えながらも、ソファに座った。
「ホポス、おれの説明の仕方がまずかったのかもしれない」
『貸してやろう』と言ったのだから、説明に不備はなかった。しかし、隼人はあえてそう言った。
「だから、もう一度だけ説明する。よく聞いてくれ。そして頼むから理解してくれ。次も理解してくれなかったら、おれはライラに命令するしかない」
隼人は間を取ってから、続けた。
「殺れ、と」
ホポスは頭を上下させた。
「り、理解する!」
「よし。こういうことだ。たとえば、お前は隣人から鍬を借りる。借りた鍬を農作業に使う。そのあと、鍬をどうする? まさか、自分の家の倉庫にしまったりしはないだろう? さあ、ホポス。鍬をどうする?」
「貸してくれた隣人に、返す」
「そうだ。それと同じことだ。おれが、お前に3万Gを貸したとしよう。その3万Gは、いわば『鍬』だ。さ、お前は3万Gをどうする」
ようやく理解できたらしい。ホポスはしきりにうなずいた。
「あとで、あんたに返せばいいんだな」
隼人はうなずきながらも、ウンザリした。『カネの貸し借り』という文化がないだけで、こうも手間がかかるとは。
とはいえ、ホポスは平均よりもアホのようだが。
隼人は言った。
「そうだな。おれはお前に3万Gを貸す。そして10日過ぎてから、お前が返しにきたとする。そのときお前は──」
ホポスがおめでたい顔で言った。
「あんたに3万Gを返せばいいんだな」
「違う」
隼人は、ホポスを指差した。
「お前は、4万5千Gを、おれに返すんだ。わかったか、間抜け?」