カモを釣りに行く②
賭博場は賑わっていた。
日本にいたころ、隼人が行っていたカジノ店と雰囲気が似ている。どこの世界も、賭博場の熱気は同じということか。
だが、ギャンブル中毒者としてではなく、傍観者として入ってみると、賭博場の熱気は居心地の悪いものだった。
日本にいたころは、この熱気に浸るのを好んでいたと思うと、ぞっとする。
賭博場は、大きな屋内に、100近くの円卓(賭博台)が置かれていた。お客たちは、この賭博台のまわりで集まって、ある者は歓喜し、ある者は落胆していた。
すべての賭博台には、制服を着た者が一人ついていた。彼らが、賭博ギルド員か。いわば、ディーラーだ。
賭博台を行きかう板状のものを、賭博ギルド員が管理しているようだ。あの板状のものは、トランプまたはサイコロに値するらしい。チップの類はないようで、みな直に硬貨を賭けていた。
ライラが悪戯っぽく笑った。
「ハヤトも賭けてみる?」
隼人は自然と苦笑してしまった。
「やめておこう。それより仕事だ」
「けど、仕事するにしても、ここに突っ立っているだけでは怪しまれるわよ」
ライラの言うことは正しかった。賭博場にいるのに、まったく賭け事をしない客。これでは、怪しまれないほうがおかしい。
「君、ギャンブル中毒ではないだろうな?」
ライラは顔をしかめた。
「侮辱しないでくれる?」
隼人は、ライラの自制心を疑ったのだ。これでは侮辱したと思われても仕方ない。
「すまなかった。お詫びというわけではないが」
隼人は、自身の腰に吊るした道具袋から、ドラゴン硬貨を十枚ほど取り出した。それをライラに渡す。
「好きなだけ賭けてくれ。勝たなくてもいいが、すぐには負けるなよ」
ライラの連れ合いという立場なら、隼人が賭け事をしなくても怪しまれないだろう。
ライラはニコッと笑った。
「勝たなくていい? それは無理ね。やるからには勝つわ」
ギャンブル中毒者のような台詞だ。だが、ライラの場合は、有言実行しそうに思えた。
隼人はうなずいた。
「頼もしいな」
ライラは言った。
「まず勝てそうな賭博台を探すわ」
ライラは賭博場内を歩き回って、賭博台のチェックをする。隼人は、ライラのそばから、お客たちを見回した。こうしてカモを探す。
カモの条件は2つ。
① 重度のギャンブル中毒者。
② すでに負けて文無しになっている。
ヤミ金ギルドとしてカモを釣り上げて、身代りギルドの構成員にしてしまおう、という計画だ。
やがてカモの候補が、3人ほど見つかった。
3人とも賭博台から少し離れたところで、飢えた顔をしている。賭けたいのに、もう賭けるための軍資金がないのだ。
隼人はライラの耳元で言った。
「ライラ、思ったより簡単にカモを見つけた」
「賭博ギルド員が、チラチラとわたしたちを見ているわ」
ライラの注意力には舌を巻く。
隼人は言った。
「怪しまれているのか?」
「いいえ、ただの確認作業でしょう。新規の客のことを注意しているのだと思うわ。盗賊ギルドかもしれないし」
「そうだな。賭博場の金庫室には、客たちが落としていったカネがたくさんあるからな。警戒するのも当然といえる」
隼人は、金庫室があるとしたらどこだろう、と思った。
ライラが期待に満ちた声で言った。
「ハヤト、目的を賭博場の襲撃に切り替える?」
ライラとしては、そちらのほうが楽しめるようだ。
隼人は一考した。自分とライラが力を合わせれば、下準備を省略しても、賭博場の襲撃は成功するだろう。
隼人はそこまで考えて、首を横に振った。
可能な限り、よそのギルドは敵に回さないことだ。貿易ギルドを襲ったときは、ほかに選択肢がなかったのだ。いまは違う。しかも、賭博ギルドは高位ギルド。まだリスクを冒すときではない。
「ライラ、いまは我慢だ。だけど、いちおう下見もしておこう。いつでも襲撃しに来られるように。カモを引っかけるのとで、一石二鳥を狙える」
「良い考えね」
「話を戻すが、おれたちは賭博ギルドに見張られているって?」
「大丈夫よ。30分も賭けを続けていれば、ただのお客だ、と判断されるはずよ」
「では、カモを引っかけるのはそれからにするとしよう」
隼人は賭博台へと右手を差し出した。
「さて、ライラ。好きなだけ賭けてくれ」