カモを釣りに行く➀
オウス王国にはギャンブルが存在した。
隼人としては、理解できない。
なぜギャンブルが存在するのに、カネ貸しは存在しないのか。この謎は、永久に解けそうもない。
ライラの案内で、賭博場へ向うことになった。この賭博場だが、当然ながら賭博ギルドが開いている。
「賭博場は〈ギルド宮〉の外にあるわ。一般民がメインターゲットだから」
「ギルド民は賭博はやらないのか」
「ほとんどのギルドでは、賭博を禁じているのよ。違反すれば、そのギルドから追放されるわ」
隼人はオウス王国に転移して、はじめて〈ギルド宮〉を出ることになった。
オウス王国の市街地は、中世ヨーロッパの城下町という趣だ。
石造りの建物が並び、石畳の大通りが伸びている。しばらく歩いてから、隼人は後ろを振り返った。
〈ギルド宮〉を外から見るのも、これが初めてだ。
このとき、隼人は〈ギルド宮〉から半キロは離れていた。それでも、〈ギルド宮〉の両端を視認することができなかった。それほど〈ギルド宮〉は水平方向へと伸びている。高さのほうは、3階くらいなのだが。
ライラが教えてくれた。
「〈ギルド宮〉は、ドーナツ型の巨大建築物なのよ」
上空から見ると、巨大ドーナツが見えるというわけか。
「さ、行きましょう」
「ああ」
隼人はライラの隣を歩きながら、あたりをキョロキョロと見回した。
「しかし馬車が見当たらないな」
隼人のイメージでは、こういう中世ヨーロッパ風の町では、馬車が行きかっているのだが。
「このあたりは人通りが多いから、馬車は通行禁止なのよ。けっこう轢き殺される人が多いのよね、あれって」
ここら全域が歩行者天国のようなものなのか。
一般民を見回していると、種族に多様性があることに気付いた。
獣耳を生やしている者、ずんぐりした体躯で髭もじゃの者、美しい容姿に尖がった耳をしている者。
「獣人に、ドワーフに、エルフか。いろいろといるな。ただ、それでも七割がたは、普通の人間のようだ。種族間で、差別とか迫害はないのか?」
「オウス王国の総人口だと、8割がヒューマン(ハヤトの言う『普通の人間』)なのよね。だから、昔は少数種族への差別があったそうよ。ここ半世紀で、ようやく差別は撤廃されたの。といっても、地方ではまだまだ差別意識は根強いようだけど」
「地方はともかく、この王都では違うわけだな」
「王都では、差別する者は軽蔑される風潮にあるのよ。だから、たとえ差別意識を持っていても、必死に隠すわけね」
そうこうしていると、賭博場に到着した。
「ここが、最大手の賭博場よ。仕切っている賭博ギルドは、構成員が300人を超える高位ギルドよ」
その賭博場は、立派な建物だった。〈ギルド宮〉を見たあとなので、感動することはなかったが(どんな建物も〈ギルド宮〉と比べればミニチュアに見える)。
また、賭博場の後ろ、100メートルほど先にはコロシアムが聳えていた。コロシアムは、野球スタジアムを思わせた。
「あそこのコロシアムでは、もしかして殺し合いが行われているのか?」
「殺し合い、という言い方は物騒ね。間違いではないけど。戦士登録した者が闘い、それを観客が見て楽しむのよ」
「コロシアムに出場するための、戦士ギルドまであるのか?」
「いいえ。出場資格があるのはギルド民だけ。一般民は出場できないわ。逆に縛りはそれだけね」
「ギルド民なら、誰でも出られる? たとえば靴職人のギルド員でも?」
「まあね。でも、ふつう出場するのは戦闘に長けているギルド員よ。ハンターギルドや暗殺ギルドね」
「コロシアムでの戦いでは、賭け事は行われているのか?」
「どちらが勝つか、賭けるということ?」
ライラは驚いた様子だった。
「いいえ。そういう発想はしたことがなかったわね」
コロシアムでの戦いで賭けるということは、日本でいえばスポーツ賭博の範疇に入るのだろうか。
賭博ギルドは、スポーツ賭博までは行っていないと。ならば、コロシアム戦での賭けの胴元、という席は空いていることになる。
ヤミ金ギルドのほうが軌道に乗れば、そちらに手を広げるのも有りか。
隼人は首を横に振った。
「先走って考えすぎだ。一歩、一歩、確実に行っていくか」
「なんの話?」
隼人は賭博場を示した。
「こっちの話だ。さ、カモを探しに行くとしよう」
ライラはクスッと笑った。
「喜んで」