〈 3 〉
銃弾の雨を縫って、千部と天は敵陣の中を進んだ。互いに背中を合わせ、二人で手分けして可能な限り全ての場所に視線を走らせて安全を確保する。丁寧に敵を斃し、曲がり角ではより慎重に辺りを窺った。天はハッと息を呑むと、同時に銃を構え発砲した。
千部がピクリと片眉を上げて天の発砲した先に目をやると、先ほど千部が斃したはずの敵が起き上がり、今まさに千部に向かって発泡しようとしているところであった。弾を受けた敵は手にしていたピストルを落とすと、ガクリと膝をつき、今度こそ気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
「麻酔の量が足りなかったか。すまない、助かった」
天が笑顔で頷くと、千部も小さく笑い返した。二人はその後も数々のピンチをくぐり抜け、少し拓けた場所へと辿り着き、戦場の雰囲気は〈まさに、最終決戦〉といったものに包まれた。
瓦礫の山を盾にして敵と撃ち合いを繰り広げながら、天は次第に焦燥感に駆られるようになった。――必死にかき集めた武器の、残りの弾薬数が心もとなかったのだ。天は手持ちの弾薬があと僅かであることを千部に伝えると、表情を暗くして言った。
「千部さん、もう為す術はほとんどないわ。いっそ、私が突っ込んでいって彼らに幻術を――」
「大丈夫だ、問題ない」
「でも、もう弾薬だって――」
「〈武力の確保は任せろ〉と言っただろう。――もう少しだけ待て」
「もう少しって! そんな悠長な――」
思わず、天は声を荒らげさせた。すると、何故か千部はニヤリと笑った。彼は「来たな」と言って後方を振り返り、空を見上げた。釣られて天も空を仰ぎ見てみると、遠くからバラバラと音を立てて輸送ヘリが近づいて来るのが見えた。
ヘリの開いたハッチには、迷彩服に身を包み頭にベレー帽を乗せたスナギツネ顔の男性が、パイプを吹かしながら腕を組んで立っていた。
「私の子供達がとても世話になったそうじゃあないか。これは、お礼をしなくちゃあいけないねえ」
含みのある言い方でそう言う男性の声が、拡声器にて戦場に響き渡った。その声を聞いた敵陣営は思わず攻撃の手を止め、そして「伝説のあの人が、どうしてここに」とどよめいた。
ハッチに立つ男性はヘリの中を振り返ると、何やらハンドサインで指示を出した。すると彼の部下と思しきコヤッとした面々が、武器を携えて次々とヘリから降下してきた。部下達が降りて配置につくのを見届けると、男性は千部に向かってニヤリと笑った。
「お兄ちゃんには、これをあげようね」
そう言って、男性はどデカいグレネードランチャーのような銃を千部に向かって放り投げた。千部はそれをニヒルな笑顔で受け取ると、豪快に遊底をガショッと引いて肩に担いだ。
いつの間にかヘリから降りてきていた男性は、天に近づくと「お嬢さんには、これを」と言って扱いやすそうな銃を差し出してきた。天がそれを受け取るのを確認すると、千部は声を張り上げた。
「開会の辞です!」
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完全制圧が完了した頃、人質の居場所とされているホテルのある方角から〈任務達成〉の狼煙が上がった。それを確認して天は胸を撫で下ろすと、加勢に参じた男性と千部に向かって頭を下げた。
「この度は、私が不甲斐ないばかりに――」
「お嬢さん、顔をお上げなさい。こんなこと、日常茶飯事だからね。気にしなくていい」
男性はカラカラと笑うと、天の手を取り顔を近づけた。
「そんなことよりもだね。私達は、いつでもお嬢さんを〈ふぁみりー〉として歓迎するよ。なあに、大丈夫。最初は慣れないかもしれないが、すぐにカメラなんて気になら――」
男性がよく分からないことを捲し立て始めたが、すぐさま千部が「父さん」と口を挟んだ。
「何だい、お兄ちゃん。水臭いじゃあないか。こんな可愛らしい――」
「父さん」
「えっ、ちょっ、お兄ちゃん。そんなグイグイ押さないでくれるかな。――あっ、お兄ちゃん、そんな、酷い! お父さん、悲しい! 悲しいよ!? ――待って、ごめん。お父さんが悪かったね。だから―― ああああああ」
千部の父と思しき男性は、千部により無言でヘリに詰め込まれ、そして無情にも搬送されていった。天は一部始終を呆然と眺め、ヘリが小さくなった辺りで「お父さんだったのね」とポツリと言った。千部はそれに答えることなく、わざとらしく咳払いをした。珍しくそわそわとしている彼に「どうしたの?」と天が尋ねると、千部は恥ずかしそうに口を開いた。
「安心して背中を預けることが出来た。感謝する」
「いえ、そんな。〈最終決戦には連れて行って〉って頼んだからには、そのくらい……」
「チベットスナギツネはバディを組んで狩りをするんだ。これからも、お前に背中を預けたいのだが」
天は、言葉の意味が分からずにぽかんとした。みるみると顔を真っ赤にさせてそっぽを向く千部を見て、天はようやく意味を察した。
思わず天が素っ頓狂な声を上げると、千部が気まずそうにちらりと視線を戻して「駄目か」と聞いてきた。天が顔を朱に染め上げてあわあわとしていると、サアと天気雨が降り出した。天は慌てて空を見上げると「ちょっと待って!」と叫んだ。
「や、あの、それは流石に早いですから!」
「そうだな、まだ早いな。――少なくとも、俺が大学を卒業するまでは」
サングラスの奥の、つぶらな瞳が真摯に天を見据えていた。天は突然の出来事に驚嘆して耳と尻尾を出すと、それらをピンと立てた。しかし、それはすぐさまへにゃりと萎えた。彼女は困惑気味に視線を彷徨わせた。
「でも、あの、私、神使だから。つまり、実はかなり年上なんだけれど――」
「大丈夫だ、問題ない」
「妖力持ってて、もはや普通の狐ではないけれど。そんなのが群れに混じったら――」
「大丈夫だ、問題ない。――チベットスナギツネは、縄張り意識が薄いからな」
天が弾けるように笑ったのを見て、千部も笑顔を浮かべた。そして片手を差し出すと、千部は彼女の名前を呼んだ。初めて名前を呼ばれたことに驚いた天は、目を見開いて千部を静かに見つめた。すると千部は再び彼女の名前を呼び、一言「帰ろう」と言った。天はにっこりと笑い返すと、千部の手を取った。
「ええ、帰りましょう。スナ彦さん」
二人は戦場跡に背を向けると静かに寄り添い、その場を後にした。そして重なりあった二人の影は、真っ赤な夕日に解けて消えていったのだった。
――――こうして、朴訥な彼と私は〈つがい〉になったのでした。
硝煙の香りが立ち上り血と涙と汗が無駄に流れる、壮大なようで地域密着型な恋愛ストーリー
――fin?――