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〈 2 〉

「何故だ」



 千部がぽつりとそう言うと、(そら)は運転中にも拘らず一瞬ギュッと目をつぶった。それと同時に、身体全体に力を込めた。すると、ボフッという音を立てて馴染みのあるものが現れた。――狐の耳と尻尾だ。



「今まで黙っててごめんなさい。私、本当は豆腐屋の娘じゃなくて、稲荷神社の使いなの」


「商店街の氏神のか」


「そうよ」



 天は頷くと、つらつらと話し始めた。

 その昔、狐が一匹、あまりの空腹で今にも死にそうになっていた。近くをたまたま通りがかった豆腐屋の主人は狐を不憫に思い、物売り用にと用意していた油揚げを狐に分けてやることにした。その油揚げは天にも昇るような美味しさで、命を繋ぐことが出来ただけでなく、たいそう幸せな気持ちになることも出来た狐は、豆腐屋の主人にとても感謝した。

 実はこの狐、神となるべく修行中の身であった。無事にお稲荷さんになることの出来た狐は、命を救ってくれた豆腐屋が永年繁盛するようにと、豆腐屋に使いの者を度々送っては、その者達に店を守護させた。そして狐は、豆腐屋と、その周りにある市場を守護する神となった。――それは、時代とともに市場の形が変わり、商店街となった今も変わらず続いているのだという。



「だぎゃーみたいな小者は、いちいち対応するのも面倒だし、今までも黙認していたの。でもね、こういう大事件になり得るものについては、事前に情報をキャッチして事が起きる前に対応してきたんだけど……。私がしっかりしていなかったせいで、千部さん達に迷惑をかけてしまって。本当に、申し訳ないわ。ごめんなさいね」


「大丈夫だ、問題ない」



 顔色を変えること無く即答する千部に、天は心なしか安心した。しかし、彼女はまたすぐに顔を曇らせた。



「ところで、本当に申し訳ないことに、今回は何故か、一切こちらに情報が入ってきてなくて。だから、何が起こってるのか、実はよく分かってない状態なの。さっき、千部さん達は何のために戦っていたの?」


「取り返すんだ」


「取り返す? 何か、大切なものでも奪われたの? たしか、妹さんから連絡があったのよね? ――まさか」



 天は、赤信号で停車したのと同時に千部に目を向けた。すると、前方を見ていた千部がゆっくりと天のほうを向き一言「そうだ」と答えた。



「えっ、あの人間の男の子よね? たしか、アゲレンジャーのお手伝いにも来てくれてた。あの、存在感が変に薄い……。その子が人質に取られてるの? えっ、こういう時だけ存在感を発揮するの? すごい逸材ね……。――あ、何て言うか、いろいろとごめんなさい。私が不甲斐ないばかりにこんな事になったのに、今、私、ひどいことを言ったわ」



 天が慌てて謝罪すると、千部がまた「大丈夫だ、問題ない」と即答した。怒らせたのではないかと心配に思った天だったが、千部は怒るどころか、逆に心なしか笑っていた。天はその珍しい光景に、すこしだけドキリとした。

 天は気を取り直したとでも言うように咳払いをすると、神妙な声色で言った。



「それにしても、情報がないんじゃあ、次の手を考えるのも難しいわね」


「俺にいい考えがある」



 千部はそう言うと、天に行き先を指示した。




   **********




 裸電球が今にもヒューズが飛びそうな音を立てる、少し暗くて狭い部屋。そんな部屋いっぱいに、騒がしい声が響き渡った。



「何でおみゃーがおらの家を知ってるんだぎゃ! ここはどこなんだぎゃ!」


「狩りは得意だからな」



 部屋の中央には両足と片手を椅子に括りつけられた油揚げギャングがおり、千部はギャングを冷たく見下ろしていた。



「あの場に何故、お前らがいた。目的は何だ」


「脅されたって、何も吐かないんだぎゃ! 残念だったんだぎゃ!」


「そうか。では――」



 そう言うと、千部はコトリと音を立ててテーブルの上に皿を置いた。油揚げギャングは、目の前に置かれたそれを震えながら見つめていた。



「食うだろうか。ね、食うだろうか」



 油揚げギャングはその声に促されるまま、皿の上のものを食べた。すると、千部は顔色一つ変えることなく、トングを手に持ち、皿の上にまた、あるものを置いた。



「食うだろうか。ね、食うだろうか」



 油揚げギャングはふるふると震えながら、皿の上のものを手にとって食べた。



「こんなに美味しい、きびの団子。いくらだって食べれるんだぎゃ」


「そうか。いつまでそうやって、強がっていられるか見ものだな。――食うだろうか。ね、食うだろうか」



 油揚げギャングはビクッと身体を跳ね上げると、震える手を団子に伸ばした。――狐界隈では、この言葉とともに出されたきびの団子は、きちんと美味しく頂かなければならないという決まりがある。そうしなければ、閉会の辞を唱えてはならないという決まりがあるのだ。これは、それを悪用したチベスナ流拷問術だった。



「食うだろうか。ね、食うだろうか」


「うっ……。ひっく……。せめて、水が欲しいんだぎゃ。喉が詰まりそうだぎゃ……」


「食うだろうか。ね、食うだろうか」


「ううう……。言います。言いますから、もう勘弁して下さいだぎゃー!」



 わんこそばのごとくきびの団子を食べさせられ続けていたギャングが音を上げると、千部は部屋の片隅でせっせと団子を作っていた天に「もう作らなくていいぞ」と言った。

 天が水を出してやると、ギャングはめそめそと泣きながらそれを飲み干し、ぽつぽつと話し始めた。


 それによると、どうしてもこの地に大型スーパーを出店したい企業が、危ない地上げ屋に裏金を渡して商店街潰しの工作をしているのだという。ギャングは大型スーパーが出店した後も家業を続けても良いという条件と莫大な資金提供をチラつかされ、欲に眩んで手を貸していたのだそうだ。なお、その資金を投入して何やらとてつもない秘密兵器を絶賛開発中らしい。――その話を聞いて、兵器開発なんてしないで、油揚げを美味しくすることにお金を使えばいいのにと、天はこっそりと思った。



「稲荷神社が初午祭の準備で追われる時期なら商店街もバタバタしてるから、その隙を叩こうということで今回の作戦が実行されたんだぎゃ。邪魔なチベットスナギツネ達を片付けてしまえば、商店街ももう太刀打ちは出来ないだろうってことで、人質を取って。それで……」



 ギャングはその後も洗いざらい吐いた。相手の本拠地から武力、人質の居場所まで、全てだ。天は暗い表情で俯いた。そのような話であれば、確実に前もって耳に入るはずだ。それが一切なかったということは、もしや内部に裏切り者でも現れたのだろうか。

 千部は天の心中を察したのか、彼女の肩にポンと手を置いた。



「スナコに情報を伝えてくる。武力の確保は俺に任せろ。――だから、お前も頑張れ」



 そう言って、千部はゆっくりと天を見下ろした。天もまた、千部をゆっくりと見上げた。



「一度神社に戻って、(あるじ)様に報告をしてくるわ。――それから、お願い。最終決戦には、私も連れて行って。あとで落ちあいましょう」



 千部は天の瞳をじっと見つめた。そして、何かに満足したかのように口の端を片方だけ持ち上げると、ゆっくりと頷いた。――天は、野性を取り戻した獣のような瞳をしていたのだった。

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