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〈 1 〉

 夕方に差し掛かろうという頃、(そら)は洗濯物の様子を見に縁側へと出た。すると、そこにはいかついスキンヘッド頭の男が腰掛けており、何やら本を読んでいた。彼の周りには幼稚園児達――天の弟の息子と、近所の子供達――が群がっていた。男はその見た目とは裏腹に、完全に幼児の中に溶け込んでいた。――さすがはチベットスナギツネ、縄張り意識が低い。

 男は普段は隠している太くてゴワゴワとした尻尾をゆらゆらと揺らしていた。子供達はそれを必死で追い、つかみ損ねた尻尾の先でくすぐられ笑っていた。すると、男の子がひとり、尻尾をつかむことに成功してグイグイと引っ張りだした。男はパタリと本を閉じると、男の子の方へと振り向いた。



「ルールその1。引っ張るのはナシだ」


「あー! そうだった!」


「うわー、だせー! 怒られてやんのー!」



 バツが悪そうにてへへと笑う男の子を、周りの子供達が囃し立てる。すると、男が顔色ひとつ変えること無く再び口を開いた。



「ルールその2。〈ごめんなさい〉と〈ありがとう〉はきちんと言え」


「あっ、そうだった! ごめんなさい!!」



 勢い良くペコリと下げられた男の子の頭を、男は「うむ」と言いながらグリグリと撫で回した。それを見た他の子供達が羨ましそうに「僕も僕も」とせがんで詰め寄り、男は幼稚園児達の波に飲まれて消えた。

 そんな光景を天が微笑ましげに見つめていると、家の奥から天の弟がやってきた。



「おう、千部(ちべ)、バイト上がりに子守頼んじまって悪かったな。いつもよりも多めに油揚げ包んでおいたから、妹さんと一緒に食べな」



 豆腐屋の店主である弟の言葉に、千部はピクリときつね耳を出した。子供達はそれを見ると嬉しそうにつかみかかり、そして千部は子供の雪崩を起こしながら起き上がった。



「ルールその1――」


「ごめんなさい!!」



 唐突に、携帯電話の着信音が鳴り響いた。鳴っていたのは千部のガラパゴス携帯で、千部はズボンのポケットから携帯を取り出すと、ディスプレイを見て少しばかり顔をしかめた。



「俺だ。……何? ――分かった、任せろ」



 千部は電話を切ると、店主のほうへとゆっくり首を振った。



「すまない。お得意様用(、、、、、)の車を借りてもいいか」


「おう、いいけど。――もしかして、いつものダギャーか?」



 千部は静かに首をひねった。どうやら、今日はいつもとは少しばかり様子が違うらしい。――物々しい雰囲気で「油揚げはまた後で」と言いながら出かけていく千部の背中を見つめる天の心が、少しばかりざわざわと不安で揺れ動いた。




   **********




 隣町のはずれにある、廃工場。黒塗りの高級車は横転し、付近の瓦礫からはところどころ火が上がり、もうもうと黒い煙が吹き出していた。息吐く暇なく弾丸が飛来し、その一つが千部の腕をかすめた。横転した車を盾にし、時折身を乗り出しては反撃を行う。しかし、相手の手数は一向に減る気配がない。

 射撃音に混ざって聞こえた微かな音に気づき、千部は顔を上げた。夕暮れの濃橙に溶け込みそうな、赤い狼煙が漂っている。――妹からの、〈作戦失敗により、一時撤退〉の合図だ。


 にわかには信じられなかった。今まで、妹と組んできて、任務に失敗したことなどないからだ。しかし、狼煙がそう告げているのだ、撤退せねば。

 千部は弾の残数を確認した。車はもう使いものにならない。自力で脱出する他ない。しかし、いまだに弾薬の雨降るこの状況で、そしてこの残数で、無事に脱出出来るのだろうか。もはや、万事これまでか――。


 千部は銃に弾を込めながら覚悟を決めると、車の影から出ていこうとした。しかし、千部の背後から何かが飛んできて、千部ははたと息を潜めた。

 勢い良く飛んできたのは何かの葉っぱで、葉っぱは敵陣目前で爆ぜ、まるで煙幕のようにもくもくと煙を撒き散らした。その様子に千部が驚き戸惑っていると、ギャギャギャと派手な音を立てながら黒のジープがドリフトし、千部の目の前で停車した。



「乗って! 早く!!」



 運転手の姿を確認する余裕もなく、千部はその声に促されるままジープの助手席に乗り込んだ。息も絶え絶えに、千部は「ギンコかキタが来てくれたのか」とぼんやり思った。そしてちらりと運転席に視線をやった。


 そこに居たのは、キタでもギンコでもなく、黒い戦闘服に身を包んだ天だった――。

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