9.ハートブレイク(2)
次の日。
まゆは、一平が学校に行ったころを見計らって、一階に下りて行った。
「おはよ」
自分からお母さんに声をかける。
「あ、おはよう」
テーブルの上を片づけていたお母さんが、ちょっと手を止めて、まゆのほうを見た。ぱんぱんに腫らした、まゆのまぶたを見たら、お母さんの予想は、確信に変わったはずだ。まゆは、保に失恋したんだ、って。
今日はお母さん、『大丈夫?』とも、『どうしたの?』とも言わなかった。代わりに言ったのが、「ご飯食べる?」だ。お腹は、かなりすいている。
朝ごはんを食べて、二階に戻ろうとすると、お母さんが声をかけてきた。
「お母さん、もうすぐ出るけど、昼は冷蔵庫の肉じゃが食べといて。一平は、まだ給食あるから」
「うん」
昨日食べるはずだった肉じゃがだ。お母さんは、昼間三時間くらい、スーパーでパートをしている。小五の一平も給食があるから、昼はひとりだ。
部屋に戻ると、まゆは、なんとなく掃除を始めた。
あの、保への手紙をめぐる一件以来、まゆは、自分の部屋は、ちゃんと自分で掃除をするようになっていた。ただ、受験が近くなったころから、適当にしかしていなくて、今は、かなり散らかった状態だ。
いったん始めると、まゆは、掃除と片付けにのめりこんでいった。床はもちろん、棚の上、窓や、窓枠まで、きれいに拭いていった。卒業式は、昨日終わったばかりだけど、中学で使った教科書やノートも整理して、本棚やクローゼットに仕分けしていく。
こうして、掃除や片付けをしていると、無心になる。その間は、辛さを忘れていられるんだ、って、まゆは気づいた。
遅めの昼ごはんを食べ終えて、リビングのソファでぼうっとしていると、お母さんが帰ってきた。
「ただいま。今そこで、えりちゃんに会ったよ」
「えっ?」
お母さんの後ろから、恵理子がリビングに入ってきた。
「ハハ、来ちゃった」
恵理子は、照れ隠しみたいに笑った。正直、恵理子にでも、ぱんぱんの目を見られたくなかったけど、もう逃げられない。
ピカピカになったまゆの部屋で、恵理子とまゆは、床に座ると、並んでベッドに寄りかかった。
「ごめん、連絡せずに来ちゃって」
「うん。でも、顔、最悪でしょ」
「そうでもない。最悪よりはマシ」
「ハハ、何それ」
「でも、やっぱこたえてたんだ。まゆ、大丈夫って言ってたけど、なんか違うぞって、感じがしてさ」
「それで、偵察に来たわけ?」
「イエス」
話は、やっぱり昨日のことになる。
恵理子は、昨日の電話と同じように、憤慨して、同じことを繰り返した。その状況なら、誰だってコクるって思うでしょ、って。
同感!