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8.ハートブレイク(1)

 帰り道。

 悲しさとか、悔しさとか、怒りとか、まゆの中に、いろんな感情があふれても当然なはずだけど、今は、自分でも不思議なくらい落ち着いている。一平が、あんなふうに突然現れて、調子くるったのかな。とりあえず、帰ったらえりちゃんに報告だけしておこう。


 恵理子に電話をかけると、こんなに早く電話してくるとは思っていなかったのか、第一声は「もう、帰ったの?」だ。たしかに、保と甘い時間を過ごしていたら、こんなに早く帰ってくるわけないよね。まだ、四時すぎだもん。

 まゆは、保とのことを、恵理子に話した。淡々と話した。

 恵理子は、ものすごくびっくりして、ものすごく怒った。保のことをなじったりもした。そして、まゆのことを心配した。「大丈夫?」と何度も聞いた。

 そのたび、まゆは、「大丈夫だよ」と答えた。だけど、そう答えるたびに、なぜだか、その答とは裏腹に、まゆの心の中で、悲しみのあぶくが、ぷくっと膨らむのを感じた。ひとつ膨らんで、またひとつと膨らんで……

 電話を切ると、まゆは、胸がいっぱいになっていた。悲しみのあぶくが、胸の中でいっぱいになっていた。


 今日は、もう何もしたくない。胸がいっぱいで、ご飯も食べたくない。

 まゆが一階に下りていくと、お母さんは、台所で、夕飯の支度を始めていた。

「お母さん、今日晩ごはん、いらない」

「え? 何で? 具合でも悪いの?」

「違う……お菓子食べ過ぎて、お腹いっぱいになっちゃって」

とっさに、うそをつく。

「もう、ご飯作り始めちゃったよ」

「ごめん。今度から気をつけるから」

一瞬の間。

「……まゆ、大丈夫?」

「え?」

 お母さん、何かを察したんだ。まゆの様子がなんかヘンだって。初恋の人の前では、あんなに鈍感だった晴美ちゃんなのに。きっと、一平が帰ってきて、公園で保とまゆに会ったことを話したら、お母さんは、全部察してしまうんだろうな。

「……うん、大丈夫」

 そう言った途端、またひとつ、悲しみのあぶくが膨らんで、とうとう弾け始めた。やばい。まゆは、すぐに台所を離れて、自分の部屋にもどった。階段を上りながら、どんどん目頭が熱くなっていく。


 部屋に戻って、ベッドに腰かけた途端、涙があふれだした。こらえてもこらえても、嗚咽がもれる。

 どれくらい泣いていたんだろう。まゆは、泣いて泣いて、泣き疲れるまで泣き続けた。


 

 

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