7.友だち以上、恋人未満(5)
卒業式から帰って、昼ご飯を食べると、まゆはゆっくりと支度をした。着ていく服はもう決めてある。オシャレすぎないくらいに、オシャレなかんじ。
まゆが考えていた段取りとは、少し違う展開になったけど、むしろ、うれしい展開。いつも保と話をするときは、茶化したり、からかったりするけど、今日は、素直に返事をしよう。「うん、いいよ」って。
二時二十分に、自転車に乗って家を出た。少し早いけど、風で乱れた髪を、公園の化粧室で整えなくちゃ。
噴水広場に着いたのは、三時三分前。噴水の前のベンチに座っていた保は、まゆを見つけると、「よう」と右手を挙げた。なんだか表情が硬い。緊張しているのかな。まゆも、少し緊張しているけど、思っていたほどではない。
「わざわざ、わりぃな」
「え、ぜんぜん」
まゆの告白シミュレーションでは、雑談でお茶を濁さず、ストレートに本題に入るつもりだった。保がどうするつもりかわからないけど、まゆは、とにかく、保から話すのを待つことにした。
「あのな、オレ……」
保が言いよどむ。いきなり本題だ。まゆの緊張が、さっきより増す。
保が大きく息を吸った。
「オレ、西條美波さんとつきあうことにしたんだ」
「………」
え? 今何て言ったの? サイジョウミナミサントツキアウコトニシタンダ……
それは、どういう意味……
どれくらい時間が流れたのかわからない。
まゆは、自分で自分が何をしようとしているのかわからないまま、言葉をしぼりだした。
「西條さんのこと、好きだったの?」
「そういうわけじゃなかったけど、オレのこと好きだって言われて……」
「……」
「……」
「いつ?」
「合格発表の次の日。で、昨日、つきあう、って返事したんだ」
また、流れる沈黙……
「じゃあ、その間に好きになったの?」
「……好きになった……と思う」
この保の言葉をきっかけに、まゆは、突如冷静になった。むしろ、ある意味、残酷なくらい冷静に……
保は、同情したんだ。体が弱くて、何度も入院している西條さんに。保が、西條さんのことを好きになったと思っているとしたら、それは……それは、きっと錯覚だ。
だけど……だけど、そんなことを保に指摘して何になるっていうの? 『保くん、それは愛なんかじゃない。同情だから、西條さんと付き合うのはやめて、あたしと付き合って』……そんなこと……そんなこと、言えるはずがない。そんなことを言ったら、きっと自分が惨めになる……
「このこと、まゆには、ちゃんと言っておかなきゃと思って」
「なんで? あたしたち、付き合ってもいないのに?」
抑えようとしても、言葉にトゲを生やしてしまう。
「そうだけど、なんか、そう思って……」
まゆには、わかっている。ちゃんとわかっている。まゆと保は、「友だち以上、恋人未満」だからだ。たぶん、保も、無意識かもしれないけど、まゆのことを、そんなふうに思っていたはずだ。友だちなら、電話でもいい。だけど、「友だち以上」だから、直接会って、ちゃんと言わなきゃ、って思ったんでしょ。「恋人未満」だから、けじめつけとかなきゃ、って思ったんでしょ。
再び流れる、重い沈黙。噴水が、まゆの心とは裏腹に、キラキラとまぶしい光を反射し続ける。
「あ、おねえちゃん! 保くんも!」
突然声がした方を見ると、弟の一平が、噴水の向こう側で、こちらに向かって手を振っている。
「一平!」
なんで、こんなときに一平が。ホント、最悪。
一平と、一平の友だちの服部くんが、噴水をぐるっとまわって、こっちに向かってきた。
「おねえちゃん、なんでここにいるの? デート?」
即座に
「そんなんじゃないよ」
と答える。
「一平こそ、こんなところまで遊びにきたの?」
「うん。こどもの広場が新しくなったから、来てみたんだ。すごいおもしろい遊具ができてたよ。おねえちゃんが好きだって言ってたすべり台は、なくなってたけど」
「ふうん」
あたしの好きなものは、みんななくなるんだ……
「ねえ、あっちで、いっしょに遊ばない?」
「小学生なんかと、いっしょに遊ぶわけないでしょ」
「おねえちゃんじゃないよ、保くんだよ。ね、保くん、ほんとにすごいおもしろいんだ」
「え、だけど……」
「ね、行こうよ」
一平が、保の腕を引っ張る。
「……うん、じゃあ、行こうか」
保が、ちょっと困った顔で、まゆのほうを見た。まゆは、知らんぷりだ。
「あたしは、帰るね……サヨナラ」




