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33.思い

 恵理子の心配する「なんか」は、何もなく、西條さんの手術の日を迎えた。

 まゆは、あれから西條さんには会っていないけど、保から、ふたりが付き合うことにしたことは、伝えてある。西條さんの手術が成功したら、という条件は省いて。

 西條さんは、ほっとしていたそうだ。そして、手術が終わったら、新しい恋を探す、と言っていたそうだ。希望がまたひとつ増えた。


 まゆと保は、部活が終わったあと、いっしょに北宮第二公園にやってきた。ここで、綾部さんからの連絡を待つことにしたんだ。

 手術は、午前中から始まって、夕方終わる予定になっている。綾部さんは、学校が終わってから病院にかけつけて、手術が終わったら、保にメールをくれることになっていた。

 部活が終わるまでにはメールは来ていなくて、学校にずっといるわけにもいかなくて、ここに来た。ふたりで並んで、いつものベンチに座る。他には、だれもいない。いや、たぶん、もうすぐミコトが来るね。

 まゆは、あの後も、まだミコトには会っていない。一度ここに来てみたけど、そのときは、何人か、子どもたちがいた。でも、ミコトは、今の状況、よくわかっているよね。わかりすぎてるくらいだよ。


 メールはまだ来ない。ふたりは、ベンチに座って、言葉少なに待ち続ける。最近はずいぶん陽が長くなっているけど、太陽は今、西の空の向こうに沈んでいった。薄闇の公園に、灯りがともる。

 今日は、一日落ち着かなかった。授業中、何度も教室の時計を見た。今ごろ、西條さん、がんばっているんだろうな、って。そして、今また、保といっしょに、何度もケータイの時計を見る。

 そんなに何度も見ていたのに、ケータイが、ブルブルと震えたとき、まゆも保も、ビクリと体が震えてしまった。


 綾部さんからだ。保は、まゆを見てうなずくと、メールを開いた。

『手術が終わりました。まだ、経過をみる必要があるそうですが、手術は無事成功しました。ありがとうございます』

 まゆと保は、顔を見合わせて、ふぅーっと大きく息を吐いた。肩から力が抜けていく。

「終わったね」

「うん」

「よかった」

「うん」

「綾部さん、ありがとう、なんて……」

「たぶん、今、何にでも、感謝したい気分なんだろうな」

「うん、そうだね」

 綾部さんは、今日、学校を休んで病院に行きたがったけど、西條さんがだめって言ったんだそうだ。手術室に入るときは、普通に、何でもないようなかんじで入りたい。でも、目が覚めたとき、そばにいてくれたらうれしいって。麻酔から覚めるのっていつかわからないけど、綾部さんは、たぶん、一晩中でも、西條さんのそばにいるつもりなんだろうな。

 綾部さんも、そして、西條さんとこのおじさんとおばさんも、西條さんのまわりの人たちはみんな、今、この気持ちを共有しているんだ。西條さんに命を与えてくれて、ありがとう、って。

 その思いが、まゆの心にも浸み込んで、胸がキュンと熱くなる。思わず、涙がこぼれる。まゆは、保に気づかれないように、そっと涙をぬぐった。

「まゆ」

「うん」

 顔を上げたまゆの目から、また一筋涙がこぼれた。まゆよりも先に、保が、指先でそっとまゆの涙をぬぐう。そして、優しくキスをして、まゆを抱きしめた。

 保の胸から、保の腕から、さっきまで緊張でかたまっていたまゆの体に、温かさが浸み込んでくる。心に、いろんな思いがあふれてきて、まゆは涙を止めることができない。保のシャツが、まゆの涙を吸い込んでいく。

 今まで、いろんなことがあったけど、過去のことなんて、どうだっていい。

 大事なのは、今。

 西條さんは、未来に命をつなぎ、あたしは、保くんの腕に優しく包まれている。

 この、いっぱいの幸せに感謝したい。

 ありがとう……


 まゆは、保を、ぎゅっと抱きしめ返した。あたし、幸せだよ、保くん。


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