32.希望
「五十パーセント……」
まゆの胸に衝撃が走った。
「うそ……うそでしょ。だって、西條さん、夢があるって。絵本作家になること、現実的に考えられるようになったって」
まさか……まさか、西條さん、やっぱり死を覚悟して、保くんとの関係を解消するって言ったんじゃ……
「西條さんは、すごく前向きに考えてるよ。手術を受けるって決めたときに、成功したことしか考えないって決めたって言ってた。だから、オレにも、そのつもりでいてほしいって。成功率五十パーセントでも、西條さんの中では、百パーセントなんだ」
「……」
「西條さん、今までずっと、いつ命が尽きるかわからない状態で生きてきただろ。だから、今、毎日がすごく楽しいんだって。やりたいことがどんどん出てくるって」
「……」
「そうだ、それで、オレたちをくっつけるなんて、そんな行動力が生まれたのかも……」
「保くん」
「うん?」
「さっきの撤回。付き合うって言ったの撤回」
「えーっ! でも、西條さんはべつに……」
「えっと、違う。撤回じゃなくて、延期」
「延期?」
「うん。西條さんの手術が成功したら付き合う」
「え……じゃ、もし」
「ストーップ!」
保くんは、ホントに詰めが甘いんだからっ。
「西條さんの手術は、必ず成功する。だから、あたしたちは、必ず付き合うことになる」
「……そ、そうだな。おう、そうだ!」
恵理子には、その日のうちに、保とした話を電話で報告した。
恵理子は、この前は、西條さんのことを憤っていたけど、西條さんは何も悪くない、誰も悪くないけど、保くんがバカだった、ということを話したら、納得してくれた。その上で、まゆと保が、もうすぐ付き合うということを、すごく喜んでくれた。
「ホントにもう、いろいろヤキモキさせられたけど、ま、よかったよ。まゆが、幸せなら、あたし、何にも言うことない」
「うん、ありがと」
「あ、でも一言だけ」
「え、何?」
「まゆも、ちょっとバカなところあるよね」
「え?」
「なんで、延期する必要があるの。あと少しだけどさ、その間になんかあったらって、あたし、また心配しちゃうじゃない」
「そっか、ごめん。とっさに、そうしようって、思いついちゃって。手術のあとに、楽しみとか希望とか、そういうのが少しでもたくさんあったほうが、成功率が高くなるような気がして。べつに、西條さんのじゃなくても、だれの希望でも」
「ふうん。ま、いいや。あたしが心配から解放されるのも、その希望に入れといて」
「うん。楽しみにしといて」




