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31.雨のち晴れ(3)

 まゆのことが好きだった。ガキのころからずっと…………

 保の言葉が、すーっとまゆの胸に浸み込んで、心臓がトクトクと打ち始める。

「だったら……だったら、何で西條さんと……」

「オレ、自信がなかったんだ。まゆが、オレのこと好きかもしれないって思うことは何度かあったけど、恋愛対象として好きなのか、ってこと、自信がなかった。ほら、よくあるだろ、幼なじみって、すごく仲良くても、恋愛対象としては見れないっていうの」

「……」

「それに、まゆがオレのこと好きだったら、まゆなら、とっくにそう言ってくれてるんじゃないか、って思ったり」

そんな、保くん、乙女心がわかってないよ。

「保くんから言ってくれれば……」

「そうだよな。もっと早くそうすればよかった。だけど、告白して拒否されたら、朝、一緒にいられる時間がなくなるだろ。だから、もうしばらくは、このままでいいって。高校に行ったら告白しようって」

あたしと、同じこと考えてたんだ……だけど……だけど……

「西條さんに返事をする前に、あたしの気持ち、確かめてくれればよかったのに」

「確かめたかった、それは、ホントにものすごく。だけど、まゆにコクって、ダメだったから西條さん、みたいなこと、すごく卑怯に思えて」

 それは違うのに。こっちがダメならあっちって、そういういい加減な気持ちとは違うのに。西條さんとは、そんな、誰かの代わり、って気持ちで付き合おうとしていたわけじゃないでしょ……

「それで、オレ、すごく悩んだ。わけわかんないくらい悩んだ。けど、最後は、やっぱり西條さんのこと見捨てられない、見捨てちゃだめだって」

「……」


 バカだね、保くん。えりちゃんが言った通りだったね。保くんって、ホントにバカだったよ。あたしのこと、ずっと、ずーっと前から好きだったのに、あたしのことおヨメさんにしたいって言ってたのに……

「保くん、バカだよ……」

「え?」

「自分の気持ち、大切にしない大バカモノだよ」

「じゃ、これからは大切にする」

「うん」

「まゆ」

「何?」

 保の方を向くと、まゆをまっすぐに見つめる保と目が合った。

『あっ……』

 次の瞬間、保の唇がまゆの唇に重なって、まゆの驚きは、声を失った。

 柔らかい保の唇が、優しくまゆを覆う。まゆの心臓の鼓動が加速する。このドキドキは、幸せの鼓動……


 どれくらい、そうしていただろう。

 まゆと保が、座り直して前を向くと、ほんの三メートルほど先で、こっちを向いて立っている二人の男の子と目が合った。さっきまで、向こうで遊んでいた子たちだ。二人とも、ニタニタしてまゆと保を見ている。

「ヒューヒュー」「ヒューヒュー」

二人は同時にそう言うと、アハハと笑いながら逃げていった。

「オイッ」「もうっ」

急に恥ずかしさがこみあげてくる。ふたりで顔を見合わせて、

「アハ」「アハ」

照れ笑い。

 その瞬間、まゆは、重要なことを思い出した。思わず、あたりをぐるりと見回す。

 絶対、ミコトにも、見られたよね。

「どうかした? まゆ」

「ううん、何でもない」

 ミコトのニタニタ顔が思い浮かぶ。しまった、こんなことなら、違う場所にすればよかった。

「ねえ、まゆ」

保が、もう一度、まゆのほうを向いた。

「うん」

「オレと、付き合ってください」

もうっ、順番が逆でしょ。でも、まゆは、それを口に出さなかった。

「はい」

時計の針は、やっぱり戻ったんじゃない。ぐん、と進んだんだ。保とまゆの未来に向かって。


「オレさ、ひとつ頼みがあるんだけど」

「何?」

「西條さんと、このまま友だちでいていいかな」

「うん。あたしも、もう、西條さんと友だちみたいなもんだし」

「そっか」

「西條さん、自分では、自分のためにあたしたちに付き合ってほしいんだ、なんて言ってたけど、やっぱり、保くんのためでもあるのかもね」

「え?」

「西條さんにとって、保くん、大事な友だちだから。だから、保くんのために、できることしたい、って思ったのかも」

「うん」

「心臓の手術、二十日だってね。うまくいくといいね」

「え……うん」

え? 何? この保くんのトーンは。もっと、テンション高い反応がくると思ったのに……

 まゆは、別に、西條さんの手術がうまくいかないかも、って心配してこんなことを言ったんじゃない。当然うまくいくと思っている。手術、と言えばの、決まり文句みたいなつもりで言ったのに、保は予想外の反応をした。

「何? 西條さんの手術に何かあるの?」

「え……あの……」

「言って」

「西條さんの受ける手術、かなり難しい手術らしいんだ」

「……」

「……成功率、五十パーセントだって」


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