30.雨のち晴れ(2)
そうか、保くんが西條さんと付き合うことにしたのは、同情だけじゃなく、好きって気持ちもあったんだね。だけど……
「だけど、オレ、その気持ちを勘違いしてたんだ。人として、友だちとして、西條さんのこと好きだったけど、それは、恋とかそういうんじゃなかった。後でわかったんだけど」
なんだ、自分でも気づいたんだ。
「それで、付き合うことに決めたんだね」
「うん」
「でも、怖くなかったの?」
「え?」
「だって、付き合ってるカノジョが死ぬかもしれないんだよ。そういう覚悟で、付き合うことにしたんでしょ」
「あ、オレ、そういうふうには、考えてみなかったな」
「え?」
「綾部さんに、西條さんは、オレと付き合えば生きる希望を持てる、って言われて、なんか、オレと付き合えば、ほんとに死なないんじゃないか、とかそんなふうに考えてたな。オレって、バカだよな」
「うん」
「おい、否定しないのかよ」
「あたしに、そんな慰め、期待しても無駄って知ってるでしょ」
「そうでした」
西條さんは、保くんが重い選択をしてくれた、って言ってたけど、保くん、もっと単純だったんだ。
「だけど、オレのせいで、オレと西條さん、友だちみたいになっちゃて、こんなふうに変なことになったんだよな」
「え?」
「付き合うことになって最初のころ、実はオレ、西條さんが、手つなぎたそうな、そんな素振りというか、雰囲気を感じることがあったんだ。だけど、オレ、それに応えられなくて、気づかないふりしてた」
「……」
「オレと西條さんは付き合ってるんだし、男として、恋人らしいことしなくちゃ、ってわかってたんだけど、いざそうなると、どうしてもはぐらかしてしまうんだ。それで、オレ、正直言うとさ、そのころは、西條さんと会うのが、気持ち的にキツくなってたんだ。西條さんが、恋人同士らしいことを求めてきたらどうしようって」
まゆは、結城君と付き合うかどうか決めかねていたとき、お母さんが言ったことを思い出した。『まゆは、正直でまっすぐだから、無理しちゃうんじゃないか』って。保くん、きっと、気持ちを勘違いして付き合うことになって、無理がかかってたんだ。
「だけど、そのうち、気づいたら、西條さんのそういう雰囲気がぜんぜん無くなってて、オレも、普通に西條さんに会えるようになってて。オレさ、オレが恋人らしいこと避けてきたから、西條さんのオレに対する恋心みたいなのが、冷めちゃったと思うんだ」
「うん、あたしも、そうだと思う」
「そうだよな。だけど、そういうのって、傷つくんだろ?」
「うーん、傷ついたかもしれないけど、西條さんの場合は、そんなに深い傷じゃないと思う」
「それって、慰め?」
「違う」
「うん」
「西條さんね、普通に高校に行くみんなのことがうらやましかったって。だから、せめて恋ぐらいしたくて、恋に恋してたかも、って言ってた。それ、ホントだったんだと思う」
「じゃ、誰でもよかったってこと?」
「それは違うよ。好きにならないと、告白なんかできないよ。だけど、保くんじゃないと、っていう想いは、そんなに強くなかったんだと思う」
少なくとも、あたしほどには。
「最初は恋人同士の付き合いを期待してたんだと思うけど、それが、だんだん友だち同士みたいになっても、まあいいか、って受け入れられるほどの想いだったってことじゃないかな。そうじゃなきゃ、西條さん、もっと恋人みたいなこと求めてきて、友だち関係のところに落ち着いたりしなかったと思う」
「そうなのかな」
「ま、あたしの想像だから、ホントのところはどうかわからないけど。たぶん、西條さん自身も、そういう想いの強さなんて、よくわかんないと思うし」
「うん」
「でも、それは、もういいんじゃない。西條さん、友だちとして、保くんといて、楽しかったって言ってたよ。保くんも、友だちとしては、普通に付き合えたんでしょ」
「うん」
「生きる希望なんて大げさなものじゃなくても、綾部さんや保くんみたいに、西條さんに寄り添ってくれる友だちって、きっとすごく大切なものなんだよ」
さて、ここからが肝心だ。
「保くん」
「何?」
「保くんさ、西條さんに告白されたとき、あたしのこと考えなかったの?」
「え……」
「あたしのこと、わざわざさつき公園に呼び出して、西條さんと付き合うこと報告したんだもん。あたしのこと、気にしてたんだよね」
「……うん。まゆのこと、考えたよ、ものすごく……オレ、まゆのこと好きだったから。ガキのころからずっと」