29.雨のち晴れ(1)
翌日の翌日、五月五日のこどもの日。
まゆは、中学校の近くの公園、北宮第二公園で、保に会う約束をしていた。西條さんが、保に連絡をして、約束をとりつけたんだ。
まゆが西條さんから言われたこと、つまり、保と西條さんの関係を解消して、保とまゆが付き合う、ということについては、保にはもう、先に、西條さんから話していたらしい。その上で、まゆと話をしたいと、保に頼んでいたそうだ。
保が、そのことをどう考えているのか、まゆは、まだ知らない。もしかしたら、納得していないかもしれない。
まゆにしたって、西條さんが言ったことを、すっと受け入れているわけじゃない。まゆは、保のことが好きだし、西條さんが言った、保のことを友だち以上には思っていない、という言葉も、今は信用している。だけど、だからって、保と付き合おうって、すぐに気持ちを切り替えられるものじゃない。
卒業式のあの日から、まゆは、自分の辛い気持ちと折り合いをつけながら、一年以上の月日を過ごしてきた。その月日の長さは重い。
恵理子も、そのことは心配していた。
まゆが、まだ保のことをあきらめきれていない、ということは、恵理子も、うすうす気づいていた。だから、まゆが、保と付き合いたいんなら、それは尊重する、と言っている。だけど、恵理子は、まゆが乗り越えてきた辛さの重みを、一番よく知っている親友だ。だから、今さら、そんな勝手な申し出をしてきた西條さんに、ものすごく憤っている。
ミコトには、まだ話していない。
だけど、北宮第二公園で保と話をするということは、ミコトにも、きちんと、保とのことを知っておいてもらいたい、ということだ。
ミコトは、保が西條さんと付き合うことになってからもずっと、保とまゆがうまくいくことを望んでいた。だから、ミコトにも、ちゃんと見届けてもらう。
保とまゆが、いっしょにいるところを見たら、ミコト、びっくりするだろうな。事情がわかんなくて、アタフタするにちがいない。
午前中は、小雨がパラついたけど、今は抜けるような青空が美しい。
まゆが公園に着くと、保は、もう先に来て、まゆを待っていた。まゆがいつも、ミコトと話をするベンチに座っている。
ゴールデンウィークの最中で、どこかに出かけている人が多いのか、公園にいる人は少ない。まゆが何度か見かけたことのある、低学年くらいの男の子が二人、遊んでいるだけだ。
まゆは、保の隣に腰かけた。
一呼吸おいて、先に声を発したのは保のほうだ。
「この間は、ごめん。無理なこと頼んじゃって」
「そうだよ。あんなめちゃくちゃなお願い聞いてあげるお人好し、あたしくらいなもんだよ」
「え……」
「何か?」
「何も」
「でも、保くんが謝ることないよ。保くんの頼みじゃないし」
「そうだけどさ」
「西條さんとは初めて話すし、けっこう緊張したよ」
「まゆでも?」
「あたし、心臓に毛でも生えてると思ってた?」
「産毛くらいは」
「あ、それはあるかも。けっこう、言いたいこと、言っちゃったし」
「マジで?」
「あれっ、保くんだって、知ってたでしょ、あたし、口悪いって」
「え、あの……」
「アハ、ごめん。あたし、いつもこうだね。保くんと話すとこうなっちゃうんだ」
「いいよ、オレ、慣れてっから」
不思議だ。こうやって、保と話をしていると、時計の針がどんどん、あの頃に戻っていく気がする。一緒に学校に行っていたあの頃に。それとも、一気に先に進んでいるのかな……
「でも、びっくりしたあ。西條さん、変なこと言い出すから」
「だろ。オレも、最初聞いたときは、びっくりして。西條さん、おかしくなっちゃったのかな、って」
「あ、それ、あたしも思った」
「だよな」
「……」
「……」
「あのね、保くん」
「うん?」
「西條さんの命の期限のこと、最初から知ってたんだってね」
「うん。夜、綾部さんが家に来て話してくれたんだ」
「夜って、西條さんに告白された日の?」
「うん。けっこう遅い時間だったよ。オレ、親父に言われて、帰りは送ってったもん」
「そうなんだ」
「綾部さん、恐縮してたけど、電話じゃなく、どうしても直接話したかったって」
「そっか」
綾部さん、西條さんのために、必死だったんだね。
「そんな話、衝撃だよね」
「うん。オレ、それ聞いたとき、なんであんなにいい子が死ななきゃならないんだ、って、すごく辛くなってさ」
「……」
「西條さんとは、中一のときも同じクラスだったし、よく知ってたんだけど、ホントにいい子なんだ。しょっちゅう学校休んでたけど、いつも、明るくて前向きで。勉強だって、どうしても遅れがちになるけど、みんなに追いつこうって、一生懸命でさ」
「そっか」
「西條さんに、死なないで欲しい、もっともっと生きて欲しいって、心から思った」
「うん」
「それでオレ、この気持ちは、西條さんのことが好きってことじゃないか、って思ったんだ」
「……」




