26.西條さん(3)
「これは後になって聞いたんだけど、そのあと、ノン、あたしに内緒で、田辺くんに、あたしと付き合って欲しいって、頼んだんだって。あたしに、生きる希望を与えて欲しいからって」
生きる……希望? まゆの中に戸惑いが生まれる。
「あたしね、まだ小さい頃にだけど、お医者さんから、十五歳までは生きられないかもしれない、って言われてたの。ノンは、それを知ってるから。あたし、もう十六だから、お医者さんが考えたよりは、生命力あったみたいだけど」
「……」
そんな……そんな重い告白を聞かされて、まゆ、どうしたらいいのかわからない。
「ノンにしたら、あたしのことを思ってしてくれたことなんだけど、あたし自身は、そんなこと、田辺くんに言うつもりは全然なかった。だって、そんなこと言われたら、田辺くん、すごく困るでしょ。田辺くん、優しいから、そんなこと聞かされたら断りにくくなるかもしれないし、受けてくれるにしても、そんな子をカノジョにしようっていうんだから、覚悟がいるっていうか、重い選択になるよね」
「……」
「だけど、田辺くんは、その重い選択を受けてくれて、付き合ってもいいって返事してくれたの。ノンが頼んだことを知ったのは、田辺くんと付き合い始めて、だいぶたってからなんだけど、田辺くん、優しいだけじゃなくて、心が強いんだなって」
「……平気なの?」
「えっ?」
「そんな……同情みたいな理由で付き合うことになって」
あたし、なんてこと、聞いてるんだろ。だけど、西條さんは、冷静にその答えを考えている。
「たぶん、最初から知っていたら、平気じゃなかった……と思う。だからって、付き合うのをやめていたかどうかは、そのときにもどってみないとわからないけど。色々悩んだと思うし。だけど、ノンから打ち明けられたときには、もう、それはどうでもいい感じになってたから」
「……勝手よね」
「えっ?」
「命にかかわる病気だってこと、保くんに言うつもりはなかったって言うけど、保くん、そんなこと、知っても知らなくても、どっちにしたって、西條さんとつきあったら、いつか、つらい思いをすることになるんだよ。それわかってて、保くんに背負わせようとしたの? 保くんに告白したってことは、そういうことでしょ」
あたし、命を限られた人に向かって、なんてこと言ってるんだろ。でも……でも言葉が勝手に飛び出してくる。
「ごめんなさい」
今度は、西條さん、声が小さくなってうつむいた。
「言い訳になるけど、だから、すごく悩んだの。十五歳までは生きられないかも、って言われてたけど、その十五歳を過ぎて、あたし、なんだかこのままずっと生きられるんじゃないか、とか思ったりもして。だけど……坂木さんの言う通りよね。あたし、身勝手を通しちゃったんだ」
西條さんの必死の人生に、あたし、文句つける筋合いなんかあるの。心の中では、そう思っている。だけど、飛び出す言葉は、冷やかだ。
「だったら、最後まで責任をもって、保くんと付き合ったらいいんじゃないの」
「えっ?」
「今さら、付き合うのをやめるなんて、もう遅いよ。覚悟して西條さんを選んだ保くんが、そんなこと認めるとも思えないし」
「待って。もしかして、あたし、いよいよ死ぬかもしれないから、田辺くんと付き合うのをやめようとしてる、って思ってる?」
「えっ、違うの?」
「違う、逆。生きるためだよ」