24.西條さん(1)
西條さんの家は、お屋敷というほどではないにしても、ちゃんとした門構えがある、大きな家だった。玄関まで、短い石畳もある。
まゆが、門の前で、自転車をここに停めていいか逡巡していると、西條家の玄関ドアが、ガチャリと開いた。西條さんが、石畳をこちらに向かってくる。
その姿を見て、まゆ、あれっと思った。まゆの覚えてる西條さんは、小柄で色白だけど、病気であることを感じさせない、活発な雰囲気だった。でも、今、まゆの目の前にいる西條さんは、小柄でほっそりとして、弱々しい。ほおのあたりがふっくらしているけど、健康的というより、少しむくんでいるような、そんなかんじだ。二ヶ月前、公民館で見かけたときは、遠目だったし、気づかなかったのかな。
まゆの、さっきまでの憤りは、一瞬でしぼんでいた。
西條さん、大丈夫なのかな。
「坂木さん、今日は、わざわざ来てもらってありがとう」
声は、思いのほか、元気だった。
「うん」
門の内側に自転車を停めて家の中に入ると、一階の奥の西條さんの部屋に案内された。途中で、おじさんとおばさんに、あいさつをした。
西條さんの部屋は、女の子の部屋らしく、カラフルなカーテンがかかっていて、あちこちにぬいぐるみやかわいい置物が置いてある。壁一面には、大きな本棚。西條さんが飲み物を用意しに行っている間に観察すると、小説や童話、図鑑に漫画や絵本と、いろんな種類の本がある。
西條さんの机の上には、描きかけのイラストが置いてあった。色鉛筆で描かれたかわいい子犬たちが、いろんなポーズをとっている。すごい、西條さんて、絵が上手いんだ。
折り畳み式の小さなテーブルに、ジュースとクッキーを置いて、西條さんは、その脇の座椅子に座った。
「ごめん、あたし、これに座らせてもらうね」
「うん」
「クッションだけで疲れるようだったら、ベッドに寄りかかってね」
「うん、大丈夫」
西條さんに対する憤りはもうないけど、初めての家で、今まで話したことがない人と、初めて話をするという状況に、まゆは、ずーっと軽い緊張を覚えていた。体が少しこわばっている。
「あの、改めて、今日はありがとう」
「うん」
「今日来てもらったのはね、お願いがあるからなんだ」
「お願い? あたしに?」
何を言われるのかと構えていたまゆには、予想外だった。
「うん。あのね、あたし、田辺くんと付き合ってるでしょ、一応」
一応?
「う、うん」
「それね、やめようと思ってるんだ」
「えっ」
ふたりが、別れるってこと?
「それで、もしよかったら、坂木さんと田辺くんに付き合ってほしいな、って思って」
「えーっ!」
な、何を言っているんだ、この人は! し、正気とは思えない……
まゆは、思わず、まじまじと西條さんの顔を見つめる。西條さんは、にっこりと微笑んでいる。
「西條さん、保くんのこと、もう好きじゃないの?」
「えっ……それは、好きだけど」
「じゃ、何で?」
「あたしね、田辺くんを坂木さんから横取りするようなことしちゃったでしょ。そのことに気づいたときから、ずっと気になってて。今のうちにちゃんとけじめをつけておきたい、って思って」
「……」
「だけど、もちろん、押し付けるつもりはないよ。坂木さんと田辺くんに、今そういう気持ちがあるなら、ふたりに付き合ってほしいって思ってるだけ」
これは、ど、どういうことなんだろう。まゆは、テーブルをはさんで斜め前に座る西條さんの、青白い顔をじっと見つめた。なんだか、いやな予感がする。