22.受けて立つ!
それから一ヶ月。新学期が始まった。
まゆは、二年に進級し、一平は、中学生になった。
一平のやつ、少しは大人っぽくなるかと思ったけど、ぶかぶかの制服姿だと、むしろ幼く見えてしまうんだよね。ま、いっか。そのうち、いやでも、声変わりとかするもんね。かわいい弟のうちが華かもね。
二年では、恵理子とクラスが分かれてしまった。ちなみに、結城君とも別のクラス。まゆは文系だけど、結城君は理系だから、必然的にクラスは別になるんだ。そして、保とも……。
まゆたちソフトボール部は、今年こそ、大量に部員を増やしたいと、新入生の勧誘に余念がない。だけど、弱小クラブの現実はキビシイ。なんとか、六人の新入部員が集まったけど、もう二、三人は欲しいところだ。
そんな中、まゆは、恵理子から、ちょっとしたニュースを聞いた。
「結城君ね、今、付き合っている人がいるんだって」
「えっ、ホント?」
「うん。だれだと思う?」
「だれ?」
「小林さん」
「へえ、そうなんだ」
小林さんは、元同じクラス。長い髪を三つ編みにしていて、昭和の女学生という雰囲気だ。普段は大人しいけど、話すとハキハキしゃべる。
「なんか、お似合いだね」
まゆ、心からそう思う。
「うん、あたしも思った。小林さん、ああ見えて、すごくしっかりしてるし」
よかったね、結城君。それにしても、結城君、次の出会いまで、早すぎでしょ。
それからしばらくして、新学期の雰囲気も落ち着いてきた、四月の終わり。
部活が終わって、帰り支度をして、まゆは、恵理子と一緒に部室を出た。部室のある棟から、裏門に抜ける通路を歩いていたときだ。
『あっ、保くん……』
裏門の前に保が立っていて、こっちを向いている。なんで、こんなところに、保くんが……
保とここで会うなんて、今までに一度もなかった。陸上部の部室は、ソフトボール部とは別の棟にあるし、部活が終わる時間も違う。
一瞬足を止めたけど、そのまま、恵理子と歩き出す。恵理子も、一瞬まゆを見て、「なんで」ってつぶやいたけど、そのまま黙って歩き続ける。別にあたしを待ってたわけじゃないよね。そう思うけど、保に近づくにつれ、胸が、ドキドキと鼓動を打ち始める。
裏門まで、数メートルの距離に来た時だ。
「まゆ」
保が、そう声をかけた。まだ、そう呼ぶの。こんなときに、まず、まゆの心に浮かんだのは、そんなことだ。
「どうしたの?」
「ちょっと話したいけど、いい?」
まゆ、恵理子の方を見る。恵理子は、保に向かって
「あたし、いないほうがいいよね?」
「そんなことはないけど……」
「ううん、あたし先帰るわ」
そう言って、まゆのほうを一度振り向くと、意味深な顔をして、裏門から出ていった。
この時間、裏門から帰る生徒は少ないけど、まゆと保は、裏門の脇に場所を移した。
「ごめん、呼び止めて」
「うん」
ドキドキは、さっきより収まって、少し落ち着いてきた。たぶん、今は、保の方が緊張しているんだろう。顔がこわばっている。
「あの、突然で悪いけど、頼みがあるんだ」
「えっ?」
「あの……」
言い出しにくそうな保。それを見て、まゆの方は、完全に落ち着きを取り戻した。
「いいよ、言って」
「実は、あの……西條さんが、まゆと話をしたいって」
「……」
「……」
何それ。
「保くんと三人で話をするの?」
「いや、まゆとふたりで。だから、都合のいいとき、西條さんの家に行ってほしいんだ」
「はあ?」
思わず、語尾が上がる。わけのわからないお願いをされて、しかも、家に来い、ですって!
「ご、ごめん。図々しいこと頼んで申し訳ないって、西條さんも」
「いったい、何の話?」
「ごめん、それは、西條さんから話したいって」
「で、あたしが家に行かなきゃいけないわけ?」
「ゆっくり話せる場所を、いろいろ考えたんだけど……西條さん、体調があんまりよくなくて、出られる場所も限られてるから、いっそ家がいいかな、ってことになって」
もうっ、いったい、どういうこと!? 西條さんとは、一度も話したことなんかないし。接点といえば、保だけ。じゃあ、話って、保くんのこと? 今さら? あたし、ふたりの邪魔なんかした覚えないんですけど!
まっ、いいわ。来るなら来いよ。どんな話でも受けて立つわよ。たとえ、相手の土俵の上でもねっ。