20.田島さんちの恋モヨウ(2)
「より子おばちゃんは、おじさん一筋なんでしょ。中学のときから付き合ってたって」
お母さんの方を振り向くと、うんうんとうなずいている。
「うーん、でも初恋はタカじゃないよ」
おじさんの名前は、孝行だ。より子おばちゃんは、お母さんと話をするとき、おじさんのことをタカと呼ぶ。
「そうなんだ」
「五年生のときかな。近所の高校生のお兄さん。背が高くて、イケメンでね。いつも、テニスのラケット持ってさっそうと出かけていくの見て、かっこいいなあって」
「ふうん」
「だけど、冷めるのも早かったよ」
「え?」
「その人の家の前を通ったときにね、中から『うるせえ、くそババア』って聞こえてきて。一瞬で冷めちゃった」
「ハハ、そうなんだ」
「そのときに、見た目より中身だって、悟ったわね」
「ふうん」
まゆ、おじさんの顔を思い浮かべる。なるほどね、って失礼でしょ。
「それにね、タカとも一回別れてるし」
これには、まゆもびっくりだ。
「えーっ、うそでしょ。高校生の時には、もう結婚を決めてたって」
まゆ、思わずお母さんの方を見る。
「それは、よりを戻したあとだよ。ね、よりちゃん」
うっ、おじさんがそれ言ってたら、きっと寒いギャグだと思ってたよ。
「そ」
それにしても、これは初耳だ。順風満帆に結婚まで話が進んだんだと思ってた。でも、なんで別れたんだろ。まさか……
「浮気じゃないよ」
だよね、おじさんに限って。
「本気だったの」
「えっ……」
「タカね、本気で別の人を好きになったの」
「うそ……」
「ま、あとで思えば、本気のつもりだったっていうことだけどね」
「え、どういうこと?」
「タカね、高校の時、演劇やってたんだけどね」
「うん、知ってる」
「あれ? 前に言ったかな?」
「うん」
あれ? ミコトの記憶で聞いただけだっけ? ま、いいや、より子おばちゃんに聞いたことにしとこ。
「で、高二の文化祭で、恋愛劇をやったのよ。ロミオとジュリエットもどき」
より子おばちゃんの言い方にちょっと嫌味がこもる。
「もどき?」
「そ、一応オリジナルの脚本なんだけど、どう見ても、あれは、ロミオとジュリエットのパクリだったわね」
「そうなんだ」
「で、タカは、ロミオもどき」
「う、うん」
「そんで、タカね、ジュリエットもどきの子を好きになっちゃって、別れようって」
「うそーっ、おじさんその人と付き合ったの?」
「付き合ってないよ」
「え?」
「別れようって言われた時は、まだ付き合ってなかった。文化祭の公演が終わったら告白するつもりだって」
「ふうん。じゃ、おじさんフラれたの?」
「そうじゃなくて、告白しなかったのよ」
「?」
「後で聞いたことなんだけどね、公演が終わってすぐ、それほど好きじゃなくなって、一週間もしないうちに、ほとんど好きじゃなくなってたって」
「え、でも……」
「後で思えばだけど、たぶん、役に入り込んでたんだと思うよ。タカ、演劇バカっていうくらい、のめり込んでたから。どうせ、ロミオもどきのくせにね」
あー、今度は、完全に嫌味だ。
「そんなこともあるんだね。でも、だったら、すぐによりを戻したんでしょ」
「ううん、一年くらい別れてた」
「えっ、そんなに」
「タカね、ああ見えて誠実な人だからね、自分勝手に傷つけておいて、すぐに、もう一回やり直そうっては、なかなか言い出せなかったんだって」
ああ見えて、って、おじさん、見るからに、誠実っ、ってかんじな人だけど。
「より子おばちゃんは、何も言わなかったの? そのジュリエットもどきの人と付き合ってないって、知ってたんでしょ」
「知ってたけど、こっちも意地があるからね。別れようって言われた時、どんだけ辛かったか」
「そうだよね」
わかる気がする。
「だけど、一年くらいして、シビレ切らしてね、タカと話し合おうと思って呼び出したのよ。そしたら、向こうからもう一回、付き合いたいって」
「じゃ、ずっと好きだったんだね、おじさんのこと」
「ま、そういうことだね」
より子おばちゃん、ちょっと照れ笑いした。
「それに、別れようって言ったのも、タカなりの誠実さだからね。二股かけようと思えばできたわけだし。浮気とかするような人だったら、よりを戻したりしなかったと思うよ。ま、全部、あとで思えばだけどね」
「そっか」
「で、まゆちゃんは? どうすんの? 返事」
急に、こっちの話に振られた。
「もう、断ろうって決めてる」
お母さんの方をうかがうと、お母さんも、心なしかほっとしているように見えた。
「そっか」
「ゆっくり考えて、って言われていろいろ考えちゃったけど、答えは、単純だったんだね。いい人でも、恋の相手としては考えられない」
「うん。まゆちゃん、じっくりいこうよ」
「え?」
「まゆちゃんが、心から付き合いたいって思える人にはね、前向きに生きていれば、必ず出会えるから」
「うん。さすが、恋愛評論家だね」
「そりゃ、どうも」