19.田島さんちの恋モヨウ(1)
翌日、日曜日。
より子おばちゃんの家に着いたのは、昼少し前。より子おばちゃんとおじさんが、笑顔で出迎えてくれた。
「まゆちゃん、久しぶり。すっかり娘さんになったなあ」
と、おじさん。
おじさん、病気のことがあったけど、良かった、変わらず元気そうで……って、やっぱりちょっと、いや、だいぶ変わった!
まゆ、思わず、おじさんの頭に目がいって、視線が一瞬止まった。髪が……薄くなってる。まゆの視線に気づいたおじさんが、頭に手を当ててアハハと笑った。
「おじさん、男前になっただろ。なにしろヒカルゲンジだからね」
「ははは」
おじさんの、化石のようなギャグに、まゆ、笑い返したけど、大丈夫かな、ほっぺた、ひきつってないかな。
そういえば、おじさん、昔からダジャレとかギャグとか、よく言ってたな。小さいころのまゆは、それを素直に笑ってたんだ。変わったのは、まゆの方だね。
案内されてダイニングテーブルに着くと、お母さんが、合格おめでとう、と言いながら、のし袋をより子おばちゃんに手渡した。
より子おばちゃんも、のし袋を出してきて
「はい、一平くんの入学祝」
「ありがと」
「こちらこそ」
余談だけど、まゆは、のし袋の中の金額を知っている。両方とも、三千円だ。お母さんとより子おばちゃんの取り決めなんだって。お互いの子どもが入学するときは、お祝いしたいね、だけど、負担にならないくらいの金額で、ってことで、三千円になったらしい。だから、小学生でも三千円、大学生になっても三千円。
まゆが中学に入学したときに、その三千円を、お母さんがまゆにくれた。そのときに、その話をお母さんに聞いたから知っているんだ。高校生になったときも、三千円もらったし。
出かける用意をした明くんが、ダイニングに入ってきた。お母さんとまゆが、大学合格のお祝いを言うと、明くんは、丁寧に礼を言って、今から出かける無礼をわびて、出かけていった。
「ごめんね、今日デートなんだって。まだ付き合いたてのホヤホヤで、浮かれてるからね」
より子おばちゃんも、テーブルにサンドイッチを用意しながら、謝った。
「いいわよ、そんなの。おめでとうを言えたから十分よ。それより、もうカノジョできたの?」
お母さんが、飲み物の準備を手伝いながら聞く。
「うん。合格発表が終わって、すぐ告白されたらしいよ」
「へえ。同級生?」
「ううん、一つ下。高校の後輩だって」
「明くん、もてるよね。前も、たしかカノジョいたよね?」
「うん、高一から高二まで、一年くらい付き合ってたかな。さ、食べよっか」
おじさんもテーブルに着いて、四人で、より子おばちゃんの手作りサンドイッチを賞味した。この味、なつかしいなあ。前にも、より子おばちゃんのサンドイッチをごちそうになったことがある。
前に来たときは、明くんと、明くんより一つ上の聡くんも、まだ中学生だった。明くん、ずいぶん大人になってたな。聡くんも、きっとそうだね。聡くん、いないけど、出かけてるのかな?
「聡くんは? 出かけてるの?」
ちょうどそのとき、お母さんがたずねた。ちょっとお、タイミング合いすぎ。
「うん、朝からバイト」
「そっか」
「あの子は、明と違って、山が恋人だからね」
と、より子おばちゃん。
「山?」
まゆ、思わず、聞き返す。
「そう。大学で、山岳部に入ったんだけどね、はまっちゃって。今では、いっぱしの山男になりきってるわよ。それで、山に行く資金を貯めるために、バイト三昧」
「へえ」
「バカがつくほどはまる、って誰かさん譲りよね」
より子おばちゃんが、おじさんの方を見る。おじさんが、ハハハと照れ笑いをする。おじさん、演劇バカだったんだよね。
ランチを食べ終えると、心得てますとばかりに、おじさんが席を立って部屋を出ていった。この流れは、女子会が始まる雰囲気だ。
より子おばちゃんが、お母さんの手土産のクッキーを広げて、今度はコーヒーをいれてくれた。
「まゆちゃん、男の子に告白されて、迷ってるんだって?」
「えっ?」
まゆ、思わずお母さんを見る。お母さんは、しれっとしている。
ま、いっか。どうせ、お母さんが、より子おばちゃんにしゃべることは、想定内といえば想定内だし。それに、より子おばちゃんとなら、そういう話するの、そんなに嫌じゃない。
「まゆちゃん、すごく悩んでるから、話聞いてあげてって。ね、はるちゃん」
「まゆ、考えすぎて、暗くなってたでしょ」
「う、うん」
ホントはそういうわけじゃないんだけど。
「ま、あたしは、恋愛評論家だからね」
「え、そうなの?」
「ハハ、自称だけどね。恋愛ドラマの有名どころは、全部おさえてるから」
なんだ、そういうことか。




