17.ゆれる心(1)
保くんに対する、好きって気持ちのカケラが、まだちょっぴり、残っているのかな。でも、どっちにしたって、結城君に告白されたとき、あの場で返事をしていたら、きっと断っていたんだもん。それが、あたしの素直な気持ちなんだ。そう思ったら、スッキリした。
結城君のことは、ちゃんとハッキリ断ろう。
その日の午後、遅めの昼食を食べ終えたまゆは、中央図書館の分室がある公民館に向かっていた。この間から気になっていた本を、借りに行くことにしたんだ。
まゆは、いつもは、本館のほうを利用している。分室は、中学の校区内にあるけど、まゆの家からはけっこう遠いし、蔵書も少ない。それに、土日しか開いていないんだ。
だけど、どういう蔵書の選び方をしているのか、ごくたまに、分室にしかない本もある。この間本館に行ったとき、読みたかった本がなくて、図書館のパソコンで検索したら、分室にあることがわかった。分室から取り寄せてもらうこともできるけど、時間のあるときにでも、自分で行ってみることにしたんだ。
自転車が切る風はまだ少し冷たいけど、ペダルをこぐまゆの心は、清々しい。
駐輪場に自転車を停めて、まっすぐに図書室に向かった。借りたかった本が、貸し出されていないか、ちょっと心配だったけど、よかった、ちゃんとあった。
貸出手続をして、公民館の入口に戻りかけたときだ。ふと、右に折れる廊下のほうを振り向いて、まゆは、ハッと息をのんだ。
廊下の端に並べられた長椅子のひとつに、保が座っている……そして、その右隣には、西條さん。ふたりは、西條さんの膝の上に広げた本を、頭をくっつけるようにして、のぞきこんでいる。西條さんが、本のページを指して、何かしゃべっているようだった。
どれくらい、ふたりを見つめていただろう。一分? それとも、ほんの数秒? まゆは、我に返ると、そっときびすを返し、ふたりに気づかれまいと、大急ぎで公民館を飛び出した。
それから後、家に帰るまでのことは、よく覚えていない。自分の部屋に戻って、ベッドに腰かけると、まゆは、ようやく、大きく息をはいた……だけど、ドキドキと心臓が波打つのは、止まらない。
初めてだ。保くんと西條さんがいっしょにいるところを見たのは。付き合っているんだから、デートぐらいするだろう。だけど……だけど、ふたりが、いっしょにいるのを目の当たりにすることで、こんなにも……こんなにも動揺するなんて、思いもしなかった。
ドキドキと波打つ心臓が、やがて、まゆの胸をしめつけ出した。胸が、胸が……苦しいよ。
なんなの、この気持ち? もしかして、あたし、嫉妬してる? あたし、保くんのこと、まだ好きだった?
自分では認めたくない。キッパリあきらめたと思いたい。だけど……だけど、好きって気持ちのカケラは、自分で思う以上に、まだ、いっぱい残っている……
それに、心のどこかで、保は本当は西條さんじゃなくて、まゆのことが好きなんだ、同情で、西條さんとつきあうことにしたんだ、って気持ちが、ずっとくすぶっていたんだ。
だけど、それは、西條さんのこと、上から目線で見ていただけだって、思い知らされた。あの、ふたりで肩寄せ合って座る姿を見て、思い知らされた。たとえ……たとえ、同情から始まったんだとしても、そこから恋は生まれるんだ……
保のことが好き。だけど、もうどうにもならない……その苦しさが、まゆの心に惑いを生んだ。
結城君なら、この苦しみ取ってくれるかな。結城君とつきあっているうちに、だんだんと好きになって、保くんへの想いも消えていくかな。
それに……それに、結城君とつきあえば、保くん、嫉妬してくれるかな。
……あたし、何考えてるんだろ。
そのときだ。コンコンとドアをノックする音がした。
「まゆ、ちょっといい?」
お母さんだ。
「え、うん」
ほんとは、嫌だけど、へんにあやしまれたくない。だけど、その思いは無駄だった。
「あれ、まゆ、どうしたの?」
まゆの様子が、いつもと違うって、すぐに気づかれた。何でもない、そう言えばよかったのに、
「えっ、あの……あたし、付き合ってって言われて、迷ってて」
とっさに、そんなことを言っていた。お母さんに、そんなこと言うつもりなんか、全然なかったのに。あたし、ホント何やってるんだろ。