15.ミコトとまゆ(2)
その六月の、この公園でミコトに会った初めての日。
ベンチに座ってから十分くらいたっただろうか。
「まゆちゃん、久しぶり」
声が聞こえてきたほうを見下ろすと、ベンチの左隣に、ミコトが立っていた。まゆを見上げてほほ笑んでいる。
「久しぶり、ミコト。あれっ、ミコト、ちょっと大きくなったんじゃない?」
「あれっ、わかる?」
「うそ、ほんとに大きくなったの? 冗談のつもりだったんだけど」
「もうっ、まゆちゃん。ぼく、今成長期なんだからねっ」
「ハハ、そうなんだ」
「でも、よかった、まゆちゃん、元気そうで。あの、ぼく……ちょっと心配だったんだ」
「やっぱり知ってるんだね」
「うん。陸上部の子たちが話してるの聞いたから。その……田辺くんが、付き合ってるって」
「そっか」
まゆは、ミコトに、あの卒業式の日のことを話した。さすがに、ミコトも、まゆがわざわざ保に呼び出されて、西條さんと付き合うことにした、と告げられたことまでは知らなかった。
「まゆちゃん、じゃあ、すごくショックだったんだね」
「うん。あたしが告白されるって思ってたもん」
「そりゃそうだね」
「でしょ」
「あの、でも、まゆちゃん……」
ミコト、言いにくそうにもじもじしている。
「何?」
「まゆちゃんにとっては、ショックが大きくなっちゃったけど、田辺くんにとっては、なんていうか……」
「わかってるよ。保くんなりの誠意だったんだと思ってる。あたしには、ちゃんと言っておきたかった、って気持ち、今では理解してるつもり」
「そっか」
「でもさ、もうちょっと、他のやり方なかったのかなあっては思うよ」
「そうだね」
「ま、でも、しかたないか。保くんバカだから」
「えっ?」
ミコト、びっくりして、ポカンとまゆを見上げた。まゆは、その顔を見て、くすっと笑う。
「だけど、やっぱり、ミコトは中立だね。ちゃんと、保くんの立場も考えてる」
ミコト、慌て出した。
「あの、あの、ぼく、まゆちゃんのことも大事で……」
「アハ、わかってるって。ミコトは、みんなのことを同じように見守ってる。だけど、あたしのことは、友だちとして大事に思ってくれてる……だよね」
「うん」
ミコト、今度はちょっと赤くなった。
「ねえ、ミコト。ミコトは知ってたの? 西條さんが、保くんのことが好きだってこと」
「えっ?」
「時効でしょ。もう、付き合ってるんだから」
「う、うん」
ミコトは、学校中を飛び回っているから、生徒や先生のことをいろいろ知っている。だけど、それを、全部まゆに話してくれるわけではない。みんなの秘密は、ちゃんと守っているんだ。だけど、ある程度みんなに知れ渡ったこととか、時間がたったこととか、ミコトが自分で、もう話してもいいと判断したことは、まゆにも話してくれる。
そうなることを、まゆとミコトは、「時効」と言っている。まゆがミコトに、お母さんの恋をガッツリ見せてもらったのも、時効だと思った、ってミコト言ってた。
「ぼく、見たことがあるよ。西條さんが、友だちの綾部さんに、田辺くんのこといいなって思ってる、って言ってたの」
「そう……なんだ」
「だけど、そのときは、告白はしない、って言ってた」
「じゃあ、ミコト、西條さんが、保くんに告白したことは、知らないんだ」
「え、う……うん」
ミコト、歯切れが悪い。なにか、まだ言えないことがあるのかな。
「だけど、ぼく、どっちにしろ、田辺くんはまゆちゃんのことが好きだと思ってたし、田辺くんと西條さんが付き合うことになるなんて、夢にも思わなくて」
「え? 保くん、あたしのこと好きだって言ったの?」
「え……あの、それは、聞いたことがないけど」
一瞬、目を輝かせたまゆが、すぐにガッカリと肩を落とした。やだ、あたし、今ごろ何を期待してるんだろ。
「だけど、田辺くんの態度とか様子とか見てたら、まゆちゃんのことが好きなんだって思えたし」
なんだ、それだったら、あたしと同じだ。あたしだって、そう感じてたもん。
ミコトが、真剣な顔になってまゆを見上げる。
「ねえ、まゆちゃん。ぼく、田辺くんとまゆちゃんがうまくいってほしい、って思うんだ」
「え、今さら? それに、ミコトらしくないよ。あたしのこと、大事に思ってくれるのはうれしいけど、ミコトの立場だと、西條さんにも中立じゃないと」
「そうなんだけど、ぼく、なんか、しっくりこないというか……まゆちゃんをひいきしているつもりはないんだけど……」
そのとき、小さい男の子がふたり、競うように公園にかけこんできた。
「じゃあね、まゆちゃん。あ、それと、さっき、おじいさんが、道のほうから、まゆちゃんのこと、ちょっと怪訝な顔して見てたよ」
ミコトは、小声で急いでそう言うと、次の瞬間には、姿が見えなくなっていた。




