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第七十七話「秘められた力」

 ヤバイな、今ドロップキックを食らわせた兵士、もしかしたら首の骨が折れて、即死させてしまったかもしれない! 敵国ではあるが、私は一人の人間の命を(あや)めてしまった事を懺悔した。


 なにより今は後ろで倒れているアイリッシュさんを守る事に必死だ。私は今にも壊れそうな心臓の音と戦いながら、近くにあった剣を手にして構えた。思った以上に剣はズッシリとした重さがある。これを自由に振り回すのは容易ではない。


「な、なんだこの女!?」

「どっから現れたのだ!」


 兵士達から大きなどよめきが起こった。そりゃそうだ、空から降って湧いた兵士でもない普通の女のコが現れたら驚くわな。そんな事に私は構わず、キッと術者を睨み上げる。


 ヤツはグレイ色の短髪で緩いウェーブがかかっていた。声音は穏やかに聞こえていたが、顔つきは鋭く野性的だ。あのマキシムズ王に仕える術者なだけあって、如何にも悪党そうだ。


「女だ! 戦いでムラムラときていたところだったんだ! この女を()ってしまおう!」


 ――な、なんと!


 一人のブサメン兵士がとんでもない事を言い出したぞ! なんてヤツだ! マキシムズ王や術者に続いて、この兵士までも! もう救いようのない下世話な連中共だ! 私は威嚇するようにブサメン兵士を睨み上げたが、ヤツはお構いなしに私へと近づいて来た。


「ゲス、勝手に調子づくなと申しただろう。下がれ、でなければオマエの不細工な顔が、さらに不細工となるぞ」


 術者の冷淡な言葉に、ブサメン兵士は渋々と元居た場所へと戻った。なにもそこまで言う必要はなかったと思うよ。さすがにブサメン兵士に私は同情した。そして術者の瞳はしっかりと私を捉えている。


「あちらの方はマキシムズ王の妃となられる方だ」

「は?」


 私は女性の品格を損なうような声を上げた。どなたがあの悪党王の妃になるのだと? 術者は飄々(ひょうひょう)として、私の前まで近づいて来た。


「これはこれは姫君様。いずれお迎えに上がろうと思っておりましたが、貴女様の方からお越し頂けるとは」

「フン! アナタとはニ度目のようね! 先日はうちの臣下を随分と可愛がってくれたようで! それに懲りずにまた大事な臣下をリンチしようなんて! 私絶対に許さないんだから!!」


 私はいっちょまえに言葉を返したが、実際のところ恐怖で声は震えていた。足もガクガクと竦んでいて、心臓はバクバクと頭までもがグラグラとしていた。


「姫君、なにか勘違いをなさっているようですが、私と貴女は初対面ですよ」

「なにが初対面だ! 私を見て姫君と言うなんて、見た事がなければ言えない言葉なんだからな!」

「そうですかね。でも私は貴女を初めてお目にかかる。これは紛れもない事実ですぞ」


 ッカー! 尚もボクは知りましぇーんを通すつもりか! まぁ、救いようがないから、いちいち頭にきてたら身がもたんな!


「さぁ、姫君。こちらへ来て下さいませ。ここはむさ苦しい戦場です。貴女のような方がおられる場所ではない」

「だっれがそっちに行くかよ! 見てわっかんないのか! 私はバーントシェンナの臣下を助けに来たんだ!」


 私の言葉に嘲笑が湧く。小娘一人になにが出来るのかとバカにされている笑いだ。


「逞しい方ですね。ですが、それは叶わぬ事です。さぁ、貴女には汚い物を映して頂きたくない。こちらへとどうぞ」


 術者の言葉に兵士の一人が私へ近づこうとしていた。きっと無理に連行させようとしているのだ。冗談じゃないぞ。私はブンブンと剣を振るって拒否を示すと、兵士がウザそうに後退した。


「千景……逃げる……んだ。君が……捕まったら……戦争の……意味が……なくなる」


 背後からアイリッシュさんの絞り出すような声が聞こえた。私は彼に耳を傾けているが、視線はしっかりと目の前の悪党達へと向けていた。


「そ、そんなアイリッシュさんを置いてはいけないんだから!」

「君が……捕まれば……キールが……悲しむ。彼の……為にも……逃げ……るんだ」

「嫌だ! アナタが殺られるのをわかっていて逃げるなんて! 逃げて一生後悔に苛まれるぐらいなら、ここで一緒に死んだ方がマシだ!」


 本当は今すぐにでも逃げ出したいぐらい怖かった! でも今、彼を守れるのは私しかいないんだ!


「千景……ボクは……どっち道……もう……長く……ない……だから……」

「なに言ってんの! そんな弱気でどうすんのよ! 今のバーントシェンナわね、アナタがいるから成り立っているのよ! キールはアナタがいたから、頑張って来れたの! ご両親とルイジアナちゃんに続いて、これ以上キールを悲しませないで!」


 この私の言葉にアイリッシュさんは、それ以上なにも言わなくなった。


「なんとも感動的なお話ですね。しかし、貴女一人でこの多勢の兵士をどう相手にしてくれるのでしょう?」


 術者は明らかに蔑んだ口調をして言った。確かにヤツの言う通りだ。私にはなんの力もない。剣だって一度も振るった事はない。それでも私は構えた剣の取っ手を力強く握り返す。段々と冷や汗が流れ出てきた。


 ――どうしたらこの多勢に勝つ事が出来るの! どうしたら……どうしたら!


 考えれば考えるほど、頭が混乱して今にも気がおかしくなりそうで、立っているのもやっとだった。


 ――………………!?


 突如、私の頭の中に閃光が放った。この考えは理論上、成り立っているものか全くといって確証はない。仮にこの閃きが事実本当であっても偽りだとしても……私は恥辱の晒し目に合うのだ。


 でも今はアイリッシュさんと自分の命が懸かっているのだ、迷っている暇はない! 私は意を決して大きく深呼吸をした。その様子を見た術者は、


「諦めておいでのようだ」


 再び兵士一人を私に近づけさせたようとした。私は即座に口を大きく開き、


 ――♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~♪♪~♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~


 人気アイドルグループ「ミラクルロマンス」の「虹色☆レボリューション!」を歌い出す。これは最初ウットリするようなバラード曲に思えて、サビで一気にロック調となるギャップがなんとも言えない熱い曲なのだ。


「うぁあああ――!! 頭の中が音の凶器に犯されていく!!」

「た、助けてくれ!! 耳と脳が破壊される!!」


 兵士達の叫び声も耳に入らないぐらい、私は無我夢中で歌い続けた。私の歌で本当に人を悶絶させられるかなんて信じられない。もしそれが違うのであれば、いきなり歌い出した私はただの頭のおかしな人間だ。


 でも歌い続けている間、誰一人と私に近づいて来る者はいなかった。すなわちそれは私の歌に禍の力が宿っているという事だ。私は自分に秘められた歌声力を信じ、ひたすら歌い続けた……。


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