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第七十四話「厳酷な現実」

「さてここで悠長に其方と話をしているつもりはない。先に用件だけを伝えさせてもらおう。まず初戦で我々の兵は五千でいかせてもらう」


 マキシムズ王は口調からして余裕なのがわかる。そして内容からも。


「五千? 一万の兵士がおありではありませんか?」


 キールが驚愕しているのがわかった。


「おや、気が付かないのかい? これでも気を遣っているつもりなのだよ。なんせ其方の国はこの何千年と戦の経験がないからね。そのハンデをこちらも考慮すると言っているのだ」

「そんなお情けは不要です」

「一度決めた内容を変更する気はない。それと初戦は私は不参戦とさせてもらうよ。其方達が無事に五千の兵士達を打倒する事が出来れば、次の戦では私との戦いが待っている。其方達の検討を祈っているよ」


 ッカー! マキマキ王は最後まで上から目線だったよ! しかもアイリッシュさんの読みの通り、易々と戦には入らず、高みの見物ときたもんだ。あっしのキールとはえっらい違いだな!


 それに無事に五千の兵士達を打倒? 自国の兵士の命をなんだと思っているんだ! 命をあまりにも軽はずみに考えていて、私はあの王は頭がイカれていると思った。


 私が憤慨している間に、マキシムズ王は軽やかに身を翻し、とっとと自分の兵士達の輪の中へと戻って行った。程なくしてキールも兵士達の元に戻る。真っ先にアイリッシュさんがキールの前へと現れた。


「キール様、マキシムズ王はなんて?」

「向こうは五千の兵で、こちらと戦うそうだ」

「五千?」

「こちらの戦の経験を考慮した上でだそうだ」

「なんて蔑んだ発言を」

「さらにマキシムズ王は初戦には入らないとも」

「それは想定内の事です。わかりました」


 キールの内容を理解したアイリッシュさんは兵士達の前へと踊り出る。


「みなの者、よく聞くのだ! 初戦でマルーン国の兵は五千の数で戦うそうだ!」


 アイリッシュさんの声に、兵士達からどよめきが起こった。


「そしてマキシムズ王は不参戦だそうだ。それは想定内の事! あちらは兵士五千と我々を蔑んでおるが、これをチャンスだと思い、一気に攻め落とそうではないか!」

「オオォォ――――――!!」


 アイリッシュさんの威勢に、兵士達の奮起に拍車がかかった。きっと向こうの兵士が半分と聞いて心なしか余裕が出てきたのだろう。その意気だ、一気に攻め落としてしまえ! 私も拳を空高くに上げて一緒にオーと叫んだ!


 間もなくしてマルーン国兵士の半数はマキシムズ王と共に、この地から離れて行った。この腰抜け共めが! 私は王率いる兵士にアッカンベーを送ってやった。この軽率な行動を後で存分に後悔するがいい!


 それからバーントシェンナ国一万の兵士とマルーン国五千の兵士が向かい合って対峙する。とうとう戦が始まるのだ。私の緊張は最高潮となり、心臓も破裂寸前にまでなった。キール達は私以上に緊張している筈だ。


 そしてキールの空高くかざした剣を合図に、一斉にスルンバが駆け出した! 私も木の陰から身を乗り出し、戦場へと向かう。空を飛躍して行こうとしたら、なんと何処のどいつかわからん輩が上空に浮かんでいるはないか!


 ――だ、誰なんだ、アイツは! マキシムズ王か!?


 でも王はさっき逃げ出したんだよな。キールやアイリさんは地上で戦いを挑むと言っていたし。じゃぁ、あれはどなたすか? 重厚な鎧とヒラヒラと青いマントを靡かせた怪しい輩だ。


 早くキールの元へ行きたいのに、得体の知れない輩のせいで飛躍出来ない。空を飛べるって事はまさかマルーン国の術者か! あ、有り得るぞ、なんてヤツだ。王と同じく高みの見物をしてやがるのか! 早く地上で戦えっつーの!


 仕方なく私は術者の目を気にしつつ、ヤツの死角になる道を選びながら、戦場へと近づいた。ここぞとばかりに身を隠す陰がないから困る。それでも愛するキールの為に、私も一緒に戦うんだ! 私は無我夢中で前へと進んで行った。


 ようやく近づいた頃だ。周りに散っていた盾を拾い上げ、さらに前へと進んで行く。そこで一人の兵士が倒れている姿を目にした。盾でハッキリとは見えない。私は顔を覗かせて兵士を見た。


 刹那凍りつく。何故ならバーントシェンナの兵士は胸を突き刺され、仰向けで倒れていたからだ。刺された胸と口元から真っ赤な血が溢れており、見るからに即死だろう。生々しい光景だった。


 その先にはさらに多くの兵士が倒れていた。目の前の兵士とほぼ同じ状態だと言える。血の臭いが充満し、さらには呻き声までもが聞こえてきた。その光景があまりの恐怖で嘔吐しそうになる。


「し……死に……たく……ない」

「まだ……オレに……は……やり……たい……事が……あるんだ」

「家族の元に……帰り……たい」


 悲痛の声が私の耳に纏わりつく。心臓が抉られるような痛みと吐き気を催す。血が逆流しそうだ。今にも倒れそうになる。私はフラフラになりながら、なんとか木の陰を見つけ、そこに縋るように身を隠した。


 あまりに衝撃的な出来事に、自分の姿を隠さず移動していたが、運が良く上空にいる術者には見つからなかったようだ。私は大きく身震いし、その場に座り込んでしまう。映画やドラマで見た戦場とは比べものにならない血生臭い光景だった。


 如何に自分が戦場というものを甘く考えていたか。人の死と直面した事のない私が戦争なんて受け入れられる筈がなかったのだ。平和な日本で過ごしてきた私には、さっきの光景は厳しい現実だった。尚も震えは続き、それは戦が終了するまで治まらずにいた……。


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