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第六十九話「前夜の約束」

明日だ。とうとうキールが戦場へと向かう時が来た。私は出来るだけ感情が表へ出さないように抑えていた。もしそのコントロールを怠ってしまうと、狂ったように泣き喚いてしまうのがわかっていたからだ。


 私は一人でベッドに横たわっていた。キールは仕事を終え、入浴中であった。やっとキールと心が結ばれた日から、私達が躯を重ねる事はなかった。国の一大事にとても甘いひと時を過ごそうという気にはなれなかったのだ。


 それは暗黙の了解で、それぞれが眠りについていた。でも実際のところ、私は眠れていなかった。多分キールも同じだったと思う。先の事を考えると、不安で眠れない。今夜が終えれば、暫く二人で過ごせる日はなくなる。次二人で眠る日はいつになるのだろうか。


 私はボーとして仰向けの体勢でいた。暫くすると、キールが浴室から上がって来た。毎度思うんだけど、湿った寝衣姿が色っぽいな。これで十七歳ときたもんだから、度胆を抜かされる。この姿またすぐに見られるよね。


 考えたくない。この夜を過ごせば、キールと離れるだなんて。……あーダメだ。その考えへ至ると、涙が出てきそうになる。私よりも戦に行くキールの方が泣きたい気分の筈だ。だから私は我慢しなきゃ。


 言葉を交わさず、キールは私の隣へと腰を掛けて来た。チラッと覗いたキールの表情は至って真剣で、とても気軽に声をかけられる雰囲気ではなかった。最後の夜ぐらいなにか会話をしておきたいと思うのに。


「千景」


 キールから名前を呼ばれた。


「え?」


 私は驚いてキールを見遣る。


「……明日(あす)、いよいよ戦場へと向かう」

「う、うん」


 キールの言葉に私は凍りつく思いがした。一時的とはいえ、お別れの言葉を聞くのは辛い。


「その前に……」


 キールはフワッと私の躯を起こして、自分の方へと優しく抱き寄せた。すぐに腕の力が込められる。久々に感じるキールの温もりに、私は心臓が一気に高鳴り、ドックンドックンと速まった。彼の浴びたての躯から、甘い香りが漂っていて頭がクラクラとする。


「やろうか?」

「え?」


 ――やるってなにを?


 私が目を丸くしている間に、キールは私の躯を離してキスをしてきた。深く口づけられて、私はさらに目を見張った。舌を吸われ、重ねられたかと思うとネットリと絡まれ、躯中から熱が上気していく感覚だった。


 国の一大事に、こんな甘い時間を過ごしていいのかと思ったけれど、蕩けそうなキスによって、その迷いは揉み消され、キスに没頭した。それから唇を離された時、私は咄嗟に疑問を投げかけた。


「や、やるっていっても……」


 最後までは出来ないんじゃ?


「出来るところまでしておきたいんだ」


 そう言ったキールは私を膝立てにし、寝巻の裾を上げる。突然の行為に私は躯がビクンッと反応する。


 ――どうしたの、キール?


 疑念に思いつつも、私はキールの行為を抗う事が出来ずにいた。キールは寝巻の裾を私の顎の下まで持ってくると、露わになった私の胸の突起を優しく口に含んだ。


「んんぅっ」


 口元からくぐもった声が洩れる。キールの舌が敏感な部分を避け、その周りをなぞるようにして回る。そこからまた突起への愛撫が始まった。


「ふあっ」


 ビリビリッと電流が流れる。躯がしなりそうになり、咄嗟にキールの首へと腕を回した。すると、キールは突起から唇を離し、またギュッと強く抱き締めて来た。


「……千景、愛している」

「キール?」

「オマエに出逢えて本当に良かったと思っている」

「キール……」


 私は目頭が熱くなり、すぐに涙が頬を伝った。キールの声と口調、それに表情すべてから感じ取れる心のこもった言葉だった。心の底から愛情をぶつけてきてくれた。キールから初めて言われる「愛している」の言葉だ。


 ずっとずっと待ち望んでいた最高の言葉。嬉しい言葉の筈なのに、今の私にはまるで永遠の別れの言葉のように思えた。涙で視界が霞み、キールの表情がしっかりとは見えないけれど、私は無理に視線を合わせた。


「キール、キール……もしかして今日で最後になるかもしれないって思っているの?」


 キールが苦笑いをしているように見えた。その表情がなにより私の言葉を肯定しているように思えた。私は涙を滲ませ、言葉をぶつける。


「そんな事ないんだから! バーントシェンナはマルーン国には負けない! 絶対に負けないんだから! だから、だからお別れだと思って、私を抱いたりしないで!お願い!」


 今まで我慢してきた思いが爆発してしまった。止めどもなく涙を流し、嗚咽するかのように声をしゃくり上げていた。泣きたいのは私じゃない、キールの方だってわかっている。


 確かにバーントシェンナの武力は他国よりも遥かに弱い。初めから勝ち目のない戦争だと誰もが思っている。でもキールまでそんな思いでいたら、本当に絶望的だ。私は永遠の別れを言われているようでならなかった。


 私だって本当は出来る事なら、キールに国を捨てて一緒に逃げて欲しい。キールは生きて私とずっと一緒にいて欲しい。だが、それは王であるキールには出来ない事だと重々にわかっている。だからせめて勝利への希望をもって欲しい。


 …………………………。


 キールは言葉を失い、私を見つめていた。ややあって彼は優しく微笑んだ。


「そうだな、オマエの言う通りだ。オレもマルーン国には負けるとは思っていない。バーントシェンナは人との絆や結束が強い。武力は劣っても知恵や思いやりがある。絶対に大丈夫だ」

「キール、必ず無事に私の元へと戻って来て。私も愛しているよ。本当に心の底から愛してる」


 私はキールをこの上なく力強く抱き締めて伝えたのだった……。


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