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番外編③「彼の手癖は許せません!」

 ――ひぃぃ! い、今、キール、ち、千景と呼んだよね!?


 な、なんで私がここにいるって知っているんだ!? いや、まずは早くここから出ないと、なにされるかわからんからな。私は恐々(こわごわ)としながら、デスクの下から顔を出した。するとだ、目の前に華美な刺繍が織り込まれた礼服を身に纏うキールが立っているではないか!


 ――ひぃぃ、こ、怖い!!


 キールは怒っているようには見えなかったけど、なんとも言えない無表情で、それが妙に気圧された。私は罰が悪そうにして目線を伏せる。


 ……………………………。


 なにか問われる様子もなくて沈黙が流れる。その内に居た堪れなくなった私は自ら口を開いた。


「な、なんで私がここにいるってわかったの?」

「千景、そんな事を訊く前に、他に言う事があるんじゃないのか?」

「え?」


 問われて咄嗟に顔を上げれば、キールと視線が合わさった。うっ、怖い。彼は目を細め、子供を叱咤するような表情をしていた。


 ――ど、どうしよう、なにを言わせたいんだろう。


 私は思考を巡らせて必死に考える。……あ!


「ご、ごめんね。美女とのエッチ、私がいたから出来なかったんでしょう?」


 間違いない、キールは美女とエッチをしたかったのに、私がいたから出来ずに苛立っているのだ! ところが、キールは盛大な溜め息を吐いた。


「?」


 その溜め息の意味が私にはわからない。


「なんでデスクの下にいた?」

「それは急にキール達が入って来て、この部屋に私がいるのは良くないような気がして、つい隠れちゃったの」

「幼き子供じゃあるまいし、デスクの下に身を潜めるなど、宮廷の人間として恥だな」

「フ、フンだ。私は元々ここに住むような格式のある人間じゃないもんね。それにキールだって私が居るの気付いてたなら、出してくれても良かったのにさ」


 わわっ、素直に謝ろうとしていたのに、口答えをしてしまったよ。


「オマエ、全く反省してないな?」

「そ、そんな事ないもん」

「デスクの下に隠れるような恥晒しを表に出して、自分まで辱められるのは御免だ」


 私の口答えが悪かったのか、キールの厳しい言葉と視線に私は焦り始めた。


「そこまで言わなくても」

「厳格な官職達の集まりだ。オマエが思っている以上に彼等の目は厳しい。オマエのバカな行動一つで、品格を落とさせるな」

「…………………………」


 言い返したかったけれど、キールの言っている方が正しいんだって思うと、なにも言えなくなった。代わりに涙で瞼が膨らんでくるのがわかった。そして涙が頬へと流れそうになった時……。


「それと、あながちオマエが言っていた事も間違っていない」

「え?」


 キールの言葉の意味がわからず戸惑っていると、彼は私との距離を縮めて来た。


「出来なかった分はオマエで補ってもらう」

「え?」


 私がキョトンとしていると、いきなりキールは片手を伸ばして、私の胸をガシッと鷲掴みする。ここでキールの言っていた意味が分かった。彼はあの女性の代わりに私の躯を弄ぼうとしているんだ!


「や、やだぁ! よ、呼んでくるから!」

「は?」


 私の叫び声にキールの指の動きが止まる。


「さ、さっきの女性をここに連れて来るから! それならいいでしょ!」

「なに言って?」


 キールが硬直している、その隙をついて私は彼から乱暴に離れた。


「すぐに見つけて呼び戻すから、ここで待ってて!」

「おい!」


 私はキールに伝えるだけ伝えて、その場所から逃げるように扉へと向かい、そそくさ部屋から出て行ったのだった……。


☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆


 あ~どうしよう、どうしよう! 私はバスタブに浸かりながら、懸命に解決策を探っていた。キールと会議室で云々あった後、私は美女を連れ戻しに探しに行った。まず正門まで行って、美女が宮殿から出ていないかを確認した。


 正門の守衛さんに訊いたところ、まだ彼女は出ていないとの事だったから、暫く正門前で通るのを待っていた。でもなかなか来る気配がなく、キールも待たせているし、焦った私はその場から離れてしまった。


 美女を探しつつ、キールを待たせている会議室に戻ろうとしたのに、場所が全くわからず、すれ違う使用人さん達に尋ねてはいたんだけど、なんせ似たような部屋が多々あるもんだから、訊いても訊いても会議室には辿り着けなかった。


 その内に美女探しはそっぽとなり、会議室探しになって、やっとの思いで目的の部屋に着いた……頃にはキールの姿は無かった。そりゃそうだ。待たせてから一時間以上が経っていたもの。仕事中のキールが待ってくれているわけないよね。


 結局、美女を連れて来られず、キールともあのまま会えずで、今の私はなにをどう言い訳したらいいのか試行錯誤中であった。あ~、なにも解決策が浮かばない! もう正直にキールに謝り倒そう。私は渋々な思いでバスタブから出た。寝巻を着て寝室へと戻ると、


「あっ」


 ちょうど仕事から帰って来たキールと出くわしてしまったぁああ! いつもなら彼に「お帰りなさい」って声をかけるのに、今日はなにも言葉が出ない。私はキールの姿を映せずに俯いていると、


「千景……」


 彼から名前を呼ばれ、私はビクンッとなった。きっと、会議室の出来事を責められるんだ。キールから続く言葉を待つ時間は恐怖だった。


「ちゃんと彼女に会えたよ。オマエが呼び戻してくれたんだろ?」

「え?」


 身に覚えのない出来事で、私はキールを無駄にガン見してしまう!


 ――え、え? どういう事?


 キールの言う彼女ってイチャつこうとしていた美女の事だよね? その彼女が自ら会議室まで戻って来たの? どういう事だ?


「そ、そう」


 私は意味が把握出来ていなかったけれど、適当に答えた。


「ありがと。事もちゃんと済んだし」

「え?」


 事ってあれかい? 美女とエッチしたって事だよね? ……私は一気にカァーと熱で顔が赤くなっていく。


「そ、そうなんだ! よ、良かったね」


 私はキールから視線を背けて言葉を返した。


「オレも浸かってくるわ。久々に良い汗を掻いたしな」

「!?」


 サラリと凄い事を言ったキールに、いちいち反応してしまう自分に嫌気が差した。そんな私の気持ちを知らないキールは颯爽とした足取りで浴室へと入って行った……。


☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆


 私は髪を乾かした後、ベッドに横たわっていた。キールはまだ湯浴み中だ。


 ――やっぱキールは生意気だよ!


 まだティーンのくせにさ! あらゆる女性とエッチしちゃってて、しかも私にまで手を出してるじゃん! 今日だってちゃっかりエッチな事してきていたし、その後に違う女性とガッツリしてきて、シレッと私の前に現れて信じらんない!


 私は無性に腹が立って立って仕方なかった。ちょっと綺麗な顔してカッコイイからっていい気になるなよな! フンフンだ! チナールさんだったら、絶対にそんな不埒な事はしないもんね! やっぱ私にはチナールさんしかいないな!


 私が憤慨してあれこれ思考を巡らせていると、いつの間にかキールが浴室から上がって来ていた。彼は私の姿を目にすると、不思議そうな顔をして、私の前まで寄って来た。


「千景、なんでそんな端っこで寝てんだよ? こっちに来いよ」

「今日は端っこで寝たい気分なんです! 放っといて下さい!」

「は? なんだよ、それ? 敬語だし、気持ちわりぃ」


 き、気持ち悪いだとぉ! 誰のせいでこんな風になっていると思ってるんだよ! あったまくる!!


「おい、早くこっちに来いってば」


 人の事を気持ち悪いと言っておきながら、普通に話しかけてくる神経が理解出来ない。私はキールの言葉をシカトして寝たフリをする。そんな私の態度に、キールが痺れを切らしたのかベッドを伝って、


「おい千景、聞こえてんのにシカトこくなよ」


 私の肩に触れてきた。それに私は異様に嫌悪感を抱く。


「触らないでよ! 穢わらしい!」


 自分でも驚くぐらいに叫んで、キールの手を払い退けてしまった。


「なんだよ、それ?」


 私はキールに背を向けたままだったから、彼の表情がわからなかったけれど、声からしてかなり怒っているのが伝わってきていた。


 …………………………………。


 嫌な沈黙が続いていたが、ふとキールがベッドから下りて行く気配を感じた。そして私が目を向けた時、キールは扉の方へと向かっていた。


「何処に行くの?」


 思わず私は躯を起こして問う。


「オマエのいない所」

「え?」


 キールの答えに私の鼓動が狂い出す。私に背を向けたまま放つ冷めた言葉は、まるで私を見捨てるかのように情味を感じさせなかった。それからキールは振り返って、真っ直ぐと私を見据えて言う。


「今日からオマエと同じ部屋では寝ない。これから先もずっとだ」


 それだけをキールは言い放つと、そのまま部屋から出てしまったのだった……。




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