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第四十二話「スイーツの罠」

「やたら機嫌がいいな」


 街へと繰り出し、無事に王宮に帰って来たその日の夜、先にベッドへついていたキールから、声をかけられた。


 私はドレッサーの前で乾かしたばかりの髪を整えていた。よっぽど街に出たのが楽しかったのか、無意識に表情へと現れていたみたいだ。ヤバイな、バレないようにしないと。キール、何気に鋭いからな~。


「そ、そう?」

「鼻歌口ずさんでたじゃん? オマエフル音痴だから、けっこう耳障りなんだよな」

「やめろよ! サラリと人を傷つける言葉を言うなよな!」


 私は怒りを露わにし、キールに背を向けた。なんてヤツだ、音程の事は禍と知らされてから気にしてんのにさ! 女性に対してもっと気を遣えっての! そういう所がまだ子供なんだよ。せっかく今日良い出来事あって気分が良かったのに、キールの一言で超悪くなった。


 あ、そうだ。まだ歯を磨く前だし、貰ったスイーツちょこっと食べてみよっかな。甘いモノ食べれば、気分も良くなるよね。どんなスイーツかな~。私はウハウハな気分で貰ったピンクの箱を開けてみる。


 わぁ~、マカロンのような彩り豊かなハート型のお菓子が並んでいる。クリームの中には木の実のようなフルーツが挟んである。これは見るからに美味しそうじゃないですかぁ。私は今すぐにでもかぶりつきたい衝動へと駆られて、一つ取り出してみた。


「千景、なんだそれ?」


 キールは食そうとする私に気付いて声をかける。


「貰いものだよ。有名なスイーツ店ドルチェスのだって」

「ドルチェス? ……千景、待て! それを口にするな!」


 突然キールが血相を変えて駆け走って来る。私はビックラしたけど、既に口の中にはスイーツを含んでいた。そして私の目の前まで来たキールは、いきなり私の頬を両手で掴み口づけてきて、さらに舌を差し入れてきた。


「!?」


 ――な、なんだ、いきなり! 発情か!


 キールは舌を絡ませようとしているようだけど、なんせスイーツが入ってるんだけど? それでもキールは構わず舌を回して、スイーツを取り出そうとしている? それからスイーツはキールの口内へと入っていった。


「なに? 食べたいんだったら、新しいのを渡したのにさ」


 私は悠長に話していたけど、キールは喉元を手で抑え、顔を強張らせていた。


「え?」


 明らかにキールの様子がおかしい事に気付いた私も表情を硬直させる。


「キール?」


 彼はなにも言わず、代わりに酷く蒼白し始め、私はみるみると目を見開く。


「キール! どうしたの!?」


 スイーツの箱がドサッと床に落ちたのにも目もくれず、私はキールの躯を支える。同時にキールの瞼は伏せられ、私に躯を預けるようにして意識を失ってしまった。


「ちょっ、キール!?」


 キールの躯を支え切れず、私は一緒にその場に崩れ落ちてしまった……。


☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆


「一体なにが起きてこうなったの!」


 王から鋭い口調で問われ、私は言葉を失う。今、寝室にはアイリッシュ王が来ていた。キールはベッドの中で眠りについたままだ。彼の意識がなくなった時、私は気が動転し、無我夢中で部屋から飛び出し、通りかかった使用人さんに助けを求めた。


 私のあまりの異様な様子に、吃驚した使用人さんが呼んで来てくれた相手が、なんとアイリッシュ王だったのだ。王は部屋に入るなり、倒れているキールに急いで駆け寄って状況を調べ始めた。


 すぐに王の顔が険しくなって、私は只ならぬ事態になっていると察し、さらに動揺を扇いだ。王はキールをベッドまで運ぶと、すぐに私へと問いただす。王の声音は冷静だったけれど、気迫が半端ない。こんな射るような厳しい視線を向けられたのは初めてだ。


「実は……その私が貰い物のスイーツを口にして、それを止めようとしたキールが代わりにスイーツを呑み込んでしまって」


 私はスイーツの箱を見せると、王は箱の中からスイーツを一つ取り出した。


「これはドルチェス? 千景はこれを何処で貰ったの?」

「それは……」


 私は表情を翳らせ狼狽える。勝手に宮殿から抜け出して、知らない人から貰っただなんて、答えられる筈がなかった。だけど、王が嘘で通り越せる相手ではない事はわかっていた。


「それは…」


 私が答えようとした時だった。いきなりバァン! と扉が乱暴に開かれ、私と王は驚くと同時に扉へと視線を移す。現れたのはシャルトだった。彼は息を切らせ、髪が乱れていた。


「はぁはぁ。キールが倒れたって、しかも意識不明ってどういう事!」


 シャルトが駆け寄って来る。凄い剣幕した様子だったが、ベッドで眠っているキールの姿を目にすると、蒼白となり今にも泣き崩れそうになった。


「キール、なんでこんな事に……」


 気丈夫なシャルトがこんな表情を見せるなんて。私は改めて自分の罪の重さを実感し、瞳に水膜が張る。


「わ、私が貰い物のスイーツを口にして、食べるのを止めようとしたキールが代わりに……」


 私はなんとか自分の罪を告白しようとした。


「千景! そのスイーツ誰から貰ったものなの!」

「そ、それは……」


 剣幕しているシャルトに言い詰め寄られ、私は言葉を閊えてしまう。


「早く答えなさい!」

「ま、街の中で他国からスイーツを運びに来た商人さんに」

「どうして街の中なの!? アンタは外には出られない筈でしょ!?」

「ご、ごめんなさい。勝手に出ちゃったの」

「ごめんなさいじゃないわよ!!」


 シャルトから乱暴に両肩を掴まれて、大きく揺さぶられる。


「待ってシャルト、少し落ち着いて!」


 王が私を庇うように間へと入って来た。


「アイリ! アンタ、よくそんなに平然としていられるわね! 相手はキール様なのよ!? わかってんの!?」


 シャルトは私を離し、今度は王へと楯突く。キール様? シャルトの怒号が上がる中、よぎった違和感だった。


「わかっているよ。千景を咎めるのは後にして、先にキールを目覚めさせる方法を考えないと」

「状態はどうなのよ!」

「駄目だ。完全に意識がシャットアウトしている。これは脳死状態と同じだよ」


 王は固く瞼を閉じて顔を振り、絶望的な事実を伝えた。


「そんな……」


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