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番外編①「心と裏腹の躯」

 キールはしゃがんで私と目線を合わせる。


『千景。オレは気にしないけど?』

『え?』


 ――今の……き、気にしないって……?


 私は焦燥感に駆られる。だってキールにニオイがバレてるって事だもん! カァーッと躯中が熱に見舞われ、私は視界をシャットアウトさせる。今すぐにこの部屋から逃げ出したい!


『シャルトから聞いた。スルンバのをかけられたんだろ? ゴメン、オレのせいだな』


 頭の上から温もりを感じる。瞼を開いてみると、キールが私の頭に手を置き、申し訳なさそうな顔をして私を覗いていた。私は張り詰めていた気が急に緩んで涙が出そうになる。その姿をキールに見られたくなくて、グッと目に力を入れる。


『別にキールが悪いとは思ってないよ。彼女達の気持ちもわかるし。ただ一緒のベッドに入ってキールに嫌な思いをさせたくなかった』


 ここでやっと本当の事を話せた。キールは少し考え込むような素振りを見せる。


『……なぁ、千景』

『なに?』

『久しぶりにしよっか?』

『え?』


 私は目を大きく見開く。キールはにこやかに言ったけど、その内容を考えると私にはとても笑えない!


『しようっか? って、な、なにを?』

『なにって決まってんじゃん』


 目にも留まらぬ速さで唇を塞がれる。しかもベロチューだ! あの契り未遂の日から、キールは私に手を出す事がなかったから、安心していたのに急になんでだぁ! 動揺のあまりキールの舌に応いると、それに不満を抱いたキールは私の唇から距離を置く。


『舌出せよ』

『や、やだ! ニオイが気になるもん、離れてよ!』


 私はバシバシッとキールの肩下を叩いて、彼を払い退けようとした。


『全然におってないって』

『う、嘘だぁ!』

『本当だって』


 お風呂でどんなに洗っても未だ強烈なニオイがしているのだ。キールにだってわからない筈がない。私はとにかくこれ以上ニオイをかがせたくなくて、さらにキールを強く叩いて退けようとした。なのに彼は全然離れようとしないのだ。


『本当ににおってないって』


 もう一度キールは同じセルフを言った。その表情はとても真剣だ。彼はニオイにとことん鈍感なのか、実はくさいニオイを快感とか思っているのか、色々と疑わしく思えた。でもジッと見つめてくる真摯な表情からは我慢をしている様子がなくって……。


『本当に?』


 私はキールに疑念の眼差しを向けて問う。


『あぁ、におってない』

『そっか』

『だからしよう』


 そう言ってキールはまた私にキスしようと顔を近づけてきた。


『だからといって、こういう事していいってわけじゃないよ!』


 私は叫んで止めにかかる。


『なんで?』


 キールは不服そうに眉根を寄せて顔を遠ざけた。


『だ、だって私には心に決めた人がいるから、その人とじゃないと、こ、こういう事はしたくないの』


 今、私の中にはチナールさんがいる。だから他の人とチューなんて出来ないよ。彼に軽い女だって思われたくないもん。キールは憮然たる面持ちで私を見つめていた。そんな彼と私は視線を合わせていられなくて、心なしか俯いてしまう。


 ――あ、諦めてくれるかな?


 チラリとキールを見た瞬間にはもう彼の唇に塞がられてしまった。


 ――どうしよう、キス……気持ちいい。


 頭の中がポーッとフワフワしてきた。気持ちは離れなきゃと思うのに、躯の方は離れたくないとキスを受け入れてしまう。


 ――キールはどうしてまた手を出そうと思ったんだろう? 


 この一ヵ月間、一緒に寝ていても指の一本も触れてこなかったから、もうエッチな事はしてこないだろうと安心していたのに。そんな浮かんだ思いもほんの一瞬だけで、意識はすぐにキスへ集中する。


 ――このままずっとキスしていたい……。


 フワフワと甘いキスに酔いしれていたが、ふと唇を解放される。キールの方を見られない。逆に彼から強い視線を感じた。


『続きする?』

『!?』


 つ、続きするって! 思わずキールと視線を合わせたが、より顔が熱くなってすぐに視線を落とした。つ、続きってこの間みたいなエッチな事をするって意味?


『し、しないよ! す、好きな人とじゃないとしないって言ったばっかじゃん!』


 私は乱暴に叫んで答えた。


『じゃぁ、なんで今オレとキスしたの?』

『そ、それは……』

『好きなヤツとじゃないとしたくないんだろ? オレの事、好きじゃなくてもキスはするんだ?』

『……っ』


 私は返答に窮する。好きな人としかキスしないって言い切れば、今キールとキスをしたわけだから、彼を好きって意味になるし、好きじゃないって答えれば、好きでもない相手とキスしてしまう尻軽だと思われる。


 どちらを取っても、私にとって有利な答えがないのをわかって、キールは訊いてきている。凄く意地悪な質問だ。私がなにをどう頑張っても答えられなるわけない。それでもなんとか答えを出そうと思案を巡らせる。


『わからない』


 汚い答え方だと思う。でもこれしか答えようがない。


『ふーん』


 私の答えにキールが腑に落ちているのか、いないのかがわからなかった。私はとにかく気まずい雰囲気が嫌で、キールから無理に離れようとした。


『もういいから離れてよ』


 そう言った私はキールに背を向け、ソファーの上で寝る体勢をとった。もうキールから離れていたい。


 ――ところがだ……。


『キール、私欲しい。アナタのが……』


 私はこんなこっ恥ずかしいセリフを吐いてしまうほど、キールにドロドロに蕩かされしまうのだった……。


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