第三十二話「彼の身分はなんですか?」
「ねー、シャルト」
「なに?」
「前から気になってたんだけど、キールの身分ってなんなの?」
「え?」
午後の勉強の前半が終わり、これからシャルトと一緒に茶の間へ移動しようとした時だ。私は前から気になっていた事を口に出してみた。キールの身分についてだ。
あのコとたまに回廊で会うと、官職や役人といったお偉いさんとか、衛兵や臣従さんとかを引き連れているし、どうみてもそれらの人がキールに傅いているようにしか見えないんだよね。
大の大人がティーンの子供に、あんな畏まった態度を見せるなんぞ、キールの身分は相当高いものではないかとみている! そんな興味深々の私に対して、シャルトは眉を顰めていた。
「なんで急に?」
「だってさ、キールってわっかい割りに偉そうじゃん? それなりに位が高いのかなって思ってさ」
「…………………………」
何故かシャルトはだんまりとなった。妙な沈黙が私の勘を刺激させる。
「なんで黙っているの?」
「役職の説明をしても複雑だし、わからないんじゃないかと思って」
「え~、簡単でいいよぉ。一番偉いのが王でしょ? それからどのぐらい下なの~?」
「そうねー、王に仕えているコだから位は高いわね」
「ふーん、重臣って事でしょ? その中でもどのくらい偉いの?」
「言ってもわからないわよ」
「ケチケチッ!」
私はシャルトに大ブーイングを投げつける。簡単でいいって言っているのに、濁らすなんてさ! ……あっ!
「もしかして言えない身分なんじゃ?」
突拍子もない私の言葉に、シャルトの表情が微かに崩れたのを私は見逃さなかった!
――やっぱり!
私は勝ち誇ったようにニンマリと口元を緩めた。あの若さでノーブルな風貌と威厳さを考えると……はっ! もしや……私の中である閃きが放った。それは……!
「キールって王子なんでしょ!」
そうだそうだ、そうに違いない! なんて事だ、それが本当ならとんでもない事だぞ! なんといっても、私は本物の王子様と毎夜一緒のベッドで寝ている事になる……はぅ!
「っていう事はアイリッシュ王の子!?」
王って二十代半ばに見えるけど、実際はかなりの上だったんだ、オーマイガッ! あの美貌でアラフォーって言われたら、おったまげだよ! しかもキールみたいなおっきな子がいるなんて。うーん、微妙にショックだな。イメージ的にね!
アイリッシュ王とキールの外見は全く似ていないけど、ニ人ともやったら綺麗に整った顔立ちをしているもんなー。それも並ならぬ美しさだし。そういった意味では似ているのか!
あんれ? そういえば私が来た初日、王ってば私を妃に迎えるような発言をしていたような……ってアレは契りを交わす為の口実だったのか! なんという事だ! 愛するお妃がいる身分だから、息子のキールに契りを託そうとしていたわけだったのか。
――そうかそうか、これでだいぶ話が繋がったぞ。
そんな釈然としている私とは反対に、シャルトはポカンとした表情をして、私を見つめていた。あまりにも私がドンピシャに当てたもんだから、言葉を失っているのかもしれない。すまぬ、シャルトよ!
――コンコンコン。
「はい」
出入口の扉からノックの音が響く。シャルトが応えるとギギィーと扉が開いた。
「あっ」
私は扉から姿を現した人物を目にして、思わず声を上げる。
「シャルト、勉強中に悪い。夕方からの……」
まさに今話題の人物「キール」だった。彼は手短に用件をシャルトに伝えているようだ。
――うーん。
私はキールを無駄にガン見していた。今日もこの鮮麗たる風貌。言われてみれば、やっぱ王子様だよね……そうだ! せっかくのこのタイミングだ。さっきの話をキールにも確認してみるか!
「キール、私気付いちゃったんだけど?」
「は?」
話をしているタイミングを見図り、私はキールに何気なく話しかけた。
「キールの身分だよ」
私の続けた言葉に、キールはすぐ様シャルトに視線を向けた。シャルトは険のある顔で首を横に振っている。きっと私に身分がバレてしまって、申し訳ございませんって感じかな! そこはね、私が勝手に当ててしまったわけだから、キールお手柔らかに!
「キールってアイリッシュ王の子供で王子様だったんだね!」
「はぁ?」
「もう隠さなくていいんだよ!」
だってもうバレているんですから! しかし、キールは首を傾げ、苦虫を潰したような顔を見せている。どんな反応を返したらいいのか悩んでいるんだろうな!
「ねー? 王って年いくつなの?」
「え?」
「あんなに若いのにキールみたいなおっきな子がいるわけでしょ?」
「アイリは……「千景、オマエが思っている通りで間違いない」」
シャルトが答えようとした時、間を割るようにしてキールが入ってきた。私が思っている通りっていうのは……キールの王子説は間違っていないという事か!
――やっぱそうなのか。我ながら鋭い勘だった!
「ちょ、キール?」
愕然と動揺しているシャルトだが、キールは気にする素振りも見せない。
「という事で、千景、これからは身を弁えてオレに接しろよ」
「うげっ、そうだった」
王子なんて時期王の座をもつ後継者だ。今まで通りにタメ語で話をしちゃアカンのか!
「ちゃんと“様”を付けて呼べよ」
「くっ」
――なんか上から目線で腹立つな!
キールにこんな態度をさせるぐらいなら、変に詮索しなきゃ良かったなと今更後悔だわ。しかしな、王子は王子……。
「ちょっと呼んでみろよ」
「はい?」
「キール様ってさ」
「え~!」
「ほらっ!」
「う~、呼ぶ時がきたら呼ぶよっ」
「ダメだ。今ちゃんと呼んでみろって」
「え~」
と、ちゃんと「キール様」と呼ぶまで三時のおやつがお預けにさせられそうになった私は嫌々ながらも「様」づけで呼ぶ羽目になった……。が、実はキールが王子様ではなかったと判明したのは、わずか数日後の事であった……。ぐっ、まだ騙ざれだぁ~!!