第二十九話「ドッキドキのレッスン!?」
私は瞬時にムンクの叫び顔に変わった。このキールの熱が籠った声と表情……間違いない! 私は確信を抱いた。これから彼は昨夜の続きを成し遂げようとしている!
――いっやぁああ~! 私は承知してませんからぁ!!
ムンクの叫び声が木霊する。そこにだ。
「今日のシャルトとの勉強どうだった?」
「は……い?」
キールが私の目の前で腰を落として声を掛けてきた。私は自分が思っていた事と彼の行動の違いに、躯が硬直としていた。そんな私の思いを知らずのキールは微かに微笑んで、こちらを見つめている。
――あ、あれ?
「べ、べ、勉強?」
「そう、今日からだろ?」
「う、うん。色々と刺激的な内容だったよ」
「なんだ、それ」
私の答えにキールは口元を緩めて笑い出した。あんれ? なんかこの雰囲気、私が考えていた展開ではございませんよね? ……ひょぇ、あっしの独りよがりの勘違いでしたか! キールの火照ったような表情はお風呂上がりで上気していただけかい!
――紛らわしいなぁ、もう! 拍子抜けしたよ!
私は躯を起こし、キールと目線を合わせた。そんな悠長に笑ってくれているけどさ、こっちはマジで勉強の内容がわけわからないんだって。
「正直言語がわっかんない。覚えられる自信がないよ」
「当たり前だ。一日二日で覚えられるものではないからな。オレやシャルトだって、オマエんとこの言葉を覚えるまで一年はかかったぞ」
「ひょぇ!」
そんなにかかるまで、あっしはここには居るつもりはございませんから! ギブギブッ! ……とはいえなぁ、朝、聞いた話ではキール達でも私を元の世界に帰せる方法がわからんと言っていたし、暫くこっちにいなきゃならんしなぁー。
「あ、そうだ。重要な言葉だけでも早く覚えておこうかな。例えば“有難う”とか。なんて言うの?」
なにかと人にお世話になって過ごすだろうから「有難う」は大切だよね。
「……………………………」
あんれ? なんかキールが無表情となって、口を閉じてしまったぞ。私そんなに変な事を訊いてないと思うんだけど?
『キスして』
「ほぇ?」
「有難うは『キスして』だけど?」
「へ~『キスして』か」
「プッ」
「な、なんだよ、なに笑ってんだ!」
いきなりキールが噴き出したぞ。しかももの凄く人を小バカにしたような不愉快な笑いだ。
「あ、いや……オマエの発音が可笑しかっただけ」
「フンだ」
「もう一度言ってみろよ。『キスして』ってさ」
『キスして』
「そう、いい感じ」
『キスして』
「それでいい」
キールの表情からして、きちんと言えているみたいだ。良かった。これで明日から他の人にも言えるな。
『キスして、キール』
『え?』
私は笑顔でお礼を伝えた。やっぱこの言葉は大事だよね、早速使えたし。ところが、キールは酷く真顔となって私を見つめている。無駄にガン見してるやん? なんでだ?
『意味わかってなくて言ってんだろうけど……』
「はい?」
急にキールが母国語で話してきたけど、あっしには理解出来ないっすよ? それからキールは真顔のまま、私へ顔を近づけてきて……?
――!?
目の前が翳り、私は度肝を抜かされる。
――ま、まさかチューを? いっや~ん!
反射的に瞼をきつく閉じる!
……………………………。
――あ、あんれ? チューなら間が空きすぎだぞ?
なにかがオカシイと思った私はパッと視界を開いた。
「どわっ!」
キールの顔がドアップにあるではないか! なにがしたいんねん! 私は思わず躯を後退させる!
「やっぱオマエの発音はオカシイ。フル音痴な体質だから仕方ないか」
「な、なんだとぉ!」
チューの色気とは程遠い、超ド失礼な言葉を投げられたぞ。なんなんだ、いきなり。頭にくるなぁー。
「今日学んだ言語を教えろよ。復習がてら教えてやるから」
「え? いいよ、もう寝ようとしていたし」
「いいのか? 明日、今日学んだ事が出来てなかったら、シャルトに怒鳴られるぞ」
「ひょぇ!」
それだけはご勘弁を! 彼女の怒り方は寿命が縮こまりそうでキョワイ。
「ほら、ちゃんとノートも用意」
「うぅ~」
やっと寝むれると思っていたのに、寝る前まで勉強させられるなんてオーマイガッ!
――数十分後。
「やっぱオマエに期待しちゃいけないな」
「なんだ、その言い方は!」
くっ、散々リピートアフターミーをしてもらって、頑張ったものの……やっぱさっぱわからん。舌の作りが違うから無理やん。
「もうこんな時間なのか」
「キールが遅くしたんじゃん」
文句をぶつけてやったさ。キールは私に失礼な言葉を投げ捲りだったんだから、これぐらいは言わせてもらわねば。
「明日も早い、寝るか」
「そだね」
ふぅ~、やっと言語の呪縛から解放される。ところが……。
「どっひゃぁ――――!!」
私はとんでもない素っ頓狂な声を部屋中に響かせた!
「なんだよ?」
な、なんだよ……じゃない! 君が人の目の前で服を脱ぎ始めたからじゃないか!
「な、なんで脱いでんだよ!」
「これから寝るからだろ?」
「ひぃいい!!」
寝るって「おねん寝」の意味じゃなくて「劣情」の事を言っているんじゃ? お楽しみは最後の最後までとっておきました♪ って事か!? なんてやっちゃ!
―――いっやぁああ~!!
私が盛大に雄叫びを上げている間にキールは……なんとすっぽんぽんになってしまったぁああ!! ……そして彼は生まれた姿のまんま、遠慮なしに私の隣へと入ってきて?
「……やっと寝られる」
――やーめーてぇええ――――!!
私の叫び声も虚しく部屋の明かりは静かに消灯した……。
――あー、終わった。食われる……。