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第二十三話「交わりの意味」

 イイ匂い。キールから勝手にキスをされているというのに、私の頭の中は彼から漂ってくるバニラのみたいな甘い香りにポ~ッとしていた。きっとキールもシャワーを浴びた後なんだろうなぁって思った。


 髪も微妙に湿っているようだし、肌から熱気のような温かさも感じる。いきなり部屋に入って来られたから気付かなかったけど、服装もバーヌース糸だったのが、今はアイリッシュ王が着ていたような美しい刺繍が織られた藍色の外套(ハイク)姿だった。


 艶感のある淡いベージュ色のインナーとスラックスを穿いて、ウエスト周りには紫色のベールが巻かれている。まさにオスマン衣装だね。今の格式ある服装は引き締まっていて、本人によく似合っている。


 どう見てもまだ子供なのに、やっぱお偉いさんなのかな。そんな暢気な事を考えていた自分がとんだバカだった。あれよあれよとキールに好きなように躯を翻弄されていき、気が付けば彼と一緒に私はベッドの中にいた。


「やめろ、離れろ、殴るぞ、頭をカチ割るぞ! なんでエッチな事をするんだよ!」

「助けてやったお礼を貰っているだけだ」

「はぁ?」


 そういやキール、お礼がどうのこうのとは言っていたけど、そんなの只の戯言だと思って忘れてた。つぅかコイツが勝手に言っていただけで、私は端はなから承知していないし!


「私は躯でお礼を払うなんて承知してない! それにアンタ大事な女性ひとがいるでしょ? その人に悪いって思わないの!?」

「…………………………」


 答えないし! シャルトさんに悪いと思わないのか! なんてヤツ、なんてヤツだ! さっき、彼女が伝えた「宜しく」の意味がやっとわかった。どういう気持ちで自分の恋人を差し出そうとしていたのだろうか。


 契りの為とはいえ、彼女の気持ちを考えると、酷く胸が締め付けられる。キールは依然として無表情だから、なにをどう思っているのか全然読めなくて、でも彼がやっている事はおかしい。合意なしで、こんな事をして只の強姦魔だ!


「礼だけじゃない。契りの交わしもある」


 キールは一変して深い真顔となった。眼差しが鋭く瞳が真剣な色を帯びている。しかし、私は眉間に深く皺を刻む。


「契りならアンタじゃなくてもいいじゃない! 大体契りってのはすんごい大事なんだから、私には相手を選ぶ権利があ……「ないんだよ」」


 みなまで言わぬ内から、キールに言葉を被せられた。


「なんでそう決めるんだよ!」

「契りの役目はオレじゃないと駄目だ。事が終われば、オマエがアイリを選ぼうが他の男を選ぼうが構わない。それはオレにはどうでもいい事だ」

「なんだよ、それ!」

「でも契りだけはオレじゃないと……」


 なんだその絶対的な義務感、聞いてて虫ずが走る! 事が終わればどうでもいいって人を道具みたいに言いやがって。だからコイツはさっきから……。こんなヤツに好き勝手にされて、私は怒りと憎悪を覚えた。


 私は殺意に似た感情を瞳に宿し、キールへと向ける。彼はゾッとするような冷めた面持ちをして、私を見つめ返している。そして対峙していたかと思えば、いきなり迫って来られて私は反射的に後退をする。


 ところが腕を乱暴に掴まれて躯をベッドへ倒されてしまう。身の危険を感じて逃れようとするが、すぐにキールの躯が覆ってきた。私の必死の抵抗も虚しく、力づくで行為が進められていってしまう。


「やめてってば、気持ち悪い!!」


 私が怒鳴り声を上げると、行為が嘘のように止まってキールが私の躯から離れた。やっと解放されて安堵感を抱くがキールと向き合うと、再び心臓が脈打つ。


「オマエ、処女じゃないんだろ? いちいち反応が煩わしいんだよ」


 キールはとんでもない言葉を面倒くさそうに吐いた。


「なんだ……それ? こんな無理矢理をされて感じられるわけないだろ!!」


 コイツは頭がおかしいのか!! 私は怒りに身を震わせキールに食らい付いた。


「キールだってわかっているでしょ! 私の感度が悪い事ぐらい!!」


 女性経験が豊富な彼なら当然気付いていた筈だ。


「バーントシェンナの国を救う為だ。そんな事はどうでもいい」


 私は真っ白な世界に見舞われ言葉を失う。今のキールの言葉が信じられなくて耳を疑う。彼は私から視線を外し、まるで人形のように感情がなく無表情でいた。そんな姿を見せられた私は胸から込み上げてくる感情に戦慄く。


 キールが私に興味がないのはわかる。今日、私とは会ったばかりで、愛情のどうのこうというには無理がある。でもそれは私だって同じ気持ちだ。突然と知らない世界に呼び出されて、禍だの好きでもない人と契りを交わせだの。


 どう考えても有り得ない無理難題な事を押し付けられた。おまけに承諾していない契りを勝手に始められた挙句、その相手からはどうでもいいと言われて、こんなに悲しくて辛い事ってない!


 だからキールは事の最中に「大丈夫?」「痛くない?」「気持ちいい?」っていう言葉が出てこないんだ。相手の事を想っていれば、自然と出てくる気遣いの言葉は義務感でやっている彼から出てくる筈がない。


 私の事はどうでもいい存在だから。契りが終われば用無しの女だから。私は止どめもなく溢れ出る悲しさが涙となって頬から零れ落ちていた。そんな悔しい姿をキールに見られたくなくて露骨に顔を伏せる。


 ……………………………。


 私とキールの心の距離を現すように、暫くと重々しい沈黙が流れていたが、


「……千景」


 キールから名前を呼ばれ重い空気が破れる。私は反応を返さなかった。故意にシカトをしている、感じが悪いと思われても構わない。今、とてもキールと話す気にはなれなかった。



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