第九十三話「契りの始まり」
キールは艶を帯びた表情をして、私へと手を伸ばしてくる。
――って、もう遅かったぁ!
あっしの寝巻の裾が上げられてしまう。
「!?」
既にキールには何回も素肌を見られているけど、久々のせいか、すんごっく恥ずかしく思えて、
「ま、待って!」
私は顔を真っ赤にして抵抗してしまう。私は反射的に背を向けて、うつ伏せの体勢になった。キールの気を悪くしてしまったかなって思って、顔だけ振り返ってみると、彼は前屈みになって私の背中へと口づけていた。
「ひゃぁ!」
躯が反応してビクンッと跳ね上がる。そこからキールのされるがままに優しく愛でられていく。私の興奮は高まり、熱が触れられている部分に全集中して、表情が恍惚となる。抗う事を忘れて躯はドロドロに蕩かされていく。
おまけにキールの得意な言葉責めが交わり、心臓が破裂しそうほどに高鳴って呼吸すら困難になりかけた。それでも快楽に溺れる愉悦の方が勝り、やめて欲しいなんて思わない。むしろもっともっと欲しいと欲が生まれる。
大好きなキールに触れられるだけで、気持ちが満たされていくのだ。時間をかけて愛でられ、私はグッテリと倒れ込んで肩で息をする。キールは秘所から顔を上げると、私の髪を優しく撫で始めた。頭を撫でらているのはとても心地良い。
「大丈夫か? ちょっとやり過ぎたかな?」
や、やり過ぎだよ! 行為も言葉も。ちょいと文句を言いたかったけど、脱力感が半端なくて言えなかった。
「でも気持ち良さそうだったし、いいよな」
おい、勝手に人を満足させた気になるなよな! お主の自己満だぞって突っ込みたかったけど、喜色満面を向けられちゃなにも言えないよ。
「千景」
「?」
キールはフッと真顔になった。
「もういいか? 今日はもう前戯にゆっくり時間かける余裕がない」
「!」
キールは欲望を含んだ顔でストレートな気持ちをぶつけてきた。そして私の有無を訊く前に、既に寝衣を脱ぎ始めてしまったではないか! 素早く脱ぎ終えてしまい、全裸の姿で私の前へと屈み込んで来た。
――い、いよいよきたぁああ――――!!
私の心臓はドンドンドンドンッと連続して打つ大太鼓のように爆音を上げて、全身に打ち響く。私を見下ろすキールと視線を重ねれば、彼の翡翠色の瞳は真剣そのもので、今回の契りが本気だという事を物語っていた。
キールのほど良くついた筋肉としなやかなラインの体躯、毎夜見ていたけど、久しぶりだからかな? こう改めて見ると、そそられまっせ~。しかもこの体勢って肉食獣に追い詰められた小動物みたいで、逃げられましぇーんだし、また一段とエキサイティングさせるな。
「う、うん、わかってるよ。……来て」
って、大人の女性らしく言ってみたものの、超恥ずかしいんすけどぉお! 私は顔を焼き上げられた熱々のタコウィンナーのように真っ赤にして、心の中で身悶えしていた。
――な、なんなんだ、この異様な恥ずかしさは!
まるで初めての時と同じぐらいドキドキする。部屋が明るいからかな? そ、そうだ、そうに違いない! キール以外の男性とはいつも室内を消灯して愛を深めていたもんね。
キールはすぐに私の脚を掴んで広げていく。心臓の爆音が聞こえちゃうよってなぐらい、私は躯に力が入ってしまう。
「ま、待って! あ、あのね、部屋が明るいから、く、暗くして欲しいの」
「え?」
緊張しているせいか声が上擦ってしまった。私の言葉にキールの動きが止まり、彼は面食らったように私を見返す。
「今更? 今までこの明るさだったじゃん?」
「そ、そうだけど、や、やっぱキールとは初めてだし、し、刺激が強い」
「わかったよ。契りを唱える際は光が眩しいしな」
「ほぇ?」
キールの言葉の意味がわからず、頭の中に「?」が浮かぶ頃にはフッと部屋の明かりが薄暗くなった。キールの右手が私の左手と重なり指が絡み合い、最後の瞬間がやってきた!
――あと少しでやっと一つになれる。
「聖なる守りの神よ」
「え?」
キールが言葉を発した。唱えているような不思議な言葉だ。
「幾年にも渡る眠りから目覚めよ。我は今時、禍と契りを交える。汝の力を我が身へと降臨願う」
――これって?
尚も続くキールの声。これって契約の言葉? そして突然に激流のような衝撃が躯へと打ち込まれる。まるで血が逆流するかのように躯の中が激しく波打たれた。私はわけがわからず、
――な、なにこれ!? く、苦しい!!
混乱状態へと陥り、躯をバタつかせ声を叫び上げようとするけれど叶わず、さらに打ち付けられる苦痛が襲う。そこに目の前で得体の知れない閃光がバチバチッと放ち、その刹那……、強烈な光が私の視界全体を覆い広がった。
「ひゃぁ!」
――な、なにこの光!?
私は光の眩さに堪え切れず、腕を目に当て光を遮る。それでも失明させられるんじゃないかと思うぐらい、光は放ち続けていた。
「うわぁぁ」
…………………………。
気が付くと……光は徐々に薄れていった。
――あんれ?
躯がフワフワと浮いている感覚が心地良かった。例えて言うのなら、水の上に仰向けになって眠っているような感じだった。でも辺りはなぁーんにもない! この世界に初めて来た時の無の空間にいるようだった。
――どうして、私ここに? キールと契りを交わそうとしていたのに……彼は何処なの?
『……聖なる力にて禍を救いの女神に替え、我の願いを聞き入れよ』
――ん? キールの声が聞こえる。
頭の中に直接聞こえてくる。私はキョロキョロとキールの姿を探すけれど、キールどころか人も物もなにもない。さっきの言葉は……?
――救いの女神? 私やっと禍の力を無くせるの?
『我が願い、永遠にすべての界が、民が、至福へと導かれん事を願う。我が願いを受け入れよ』
願いが唱えられる。至福の国と称されたバーントシェンナの王らしい願いだと感嘆する。今はマルーン国もヒヤシンス国の王でもあるキールはバーントシェンナ国だけでなく、すべての界の幸福を願っているんだ。これで私の禍としての力も封印される?
『その願い、受け入れよう』
キールとは別の朗らかな声が下りて響いた。この声は例の「神様」なのだろうか? 願いを受け入れてもらえた? 幸福への願いと禍の力の消失と、すべてを上手く運べたんだ! そして幸福感に溢れた時だった。またしても眩い光が私の躯を包み込む。
「うわっ、だから眩しいって」
瞬く間に私の意識が遠のいていった……。




