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第一話「歌が上手いのは罪」

 異世界といえば、中世ヨーロッパのような宮殿や礼拝堂といった華やかな建物が(そび)え立っていたり、魔物や魔女が棲んでいるような鬱蒼(うっそう)と生い茂る森が広がっていたり、童話に出てくるような可愛らしいメルヘンな世界であったり。


 そんなイメージが思い浮かぶものなのに、なんだ目の前にある景色は? 無なんだよ無、なぁんにもないよ? 辺り一面が透明な水のように無色なんだ。空も空中も地面もみんな無色! なんだこの世界!


―――これは…異世界? つーか、異空間?


 私は口がポカンと開き、瞳は零れ落ちそうなほど見開いて、目の前の光景をガン見していた。そして下をよぉく見てみると、


―――これは……水面の上にいる? どういう事? どういう事だ!?


 私の頭の中は混沌(カオス)の状態だった。両手で頭を抱え、何故こんな事になったのか必死に思考を巡らせる。異世界トリップなら召喚されるきっかけがある筈だ。そうだ、きっかけだ…って、それが全くわからーん! オーマイガ!!


☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆


「千景、大事な話があるんだ」


 向かいの席に座る彼から突然に言われる。その彼と私は今、美しい夜景が見渡せる高層ビル上階のレストランに来ていた。二人では珍しい平日のディナーだった。いつもはお互い仕事の都合上、なかなか一緒に食事をとる事なんてなかったから。


 仕事帰りの彼はキチッとしたスーツを着ていて、いつもの寝癖ある髪も今日はきちんと纏められている。それに普段はおチャラけているくせに、この日はいつになく表情が引き締まっていて、とても真摯に見えていた。


 そして私は彼の言葉にピンときた! 平日にわざわざ時間をとって、こんな綺麗な夜景が見える場所で大事な話ときたら、これはもう待ちに待ったプロポーズではないかって! 彼とは二十歳の頃から付き合ってはや五年になる。


 同じアルバイトのカフェで働いていて、出会ってすぐに気が合う仲となった。グルメ、映画、スポーツ、車etcと、不思議なぐらい趣味が合って二人でいると話は尽きる事も、変に気を遣う事もなくて、家族みたいに安心の出来る存在だった。


 将来はこの人と結婚して一緒に年を重ねていくんだろうなって、当たり前のように思っていた。そして彼も同じ気持ちでいるのだろうと。だから私は期待を胸に抱いて彼の次の言葉を待った。


「千景……実はさ」


 心臓がドクドクと早鐘を打つ。そして彼がとても緊張しているのが伝わってくる。そりゃそうだよね。この先、死ぬまでの人生に関わる事だもん。


「実は…………別れて欲しいんだ」


☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆


「千景ちゃん、君、本当に二十五なの? どう見ても高校生にしか見えないよ? でもまぁ、オレ、ロリ顔好きだけどね♪」


―――それって遠回しに私に好意を寄せてるって言いたいんだよね?


 目の前のフツメン彼がほのかに頬を朱色に染め、はにかんだ笑顔を見せているところをみると、これは間違いなさそうだ。容姿にはイケメン要素のない彼だけど、身なりは清潔感が漂っているし、さっきから料理を盛ってくれたり、お酒を注文するタイミングが絶妙だったりと、気遣いが上手い。


「もう鴇澤さんってば、そう言っておきながら、いざ私を隣にして歩くと、ロリコンに見られるからって嫌がったりするんじゃないですか? 私、この童顔のせいで、いつもフラれているんですからね!」

「それはないって! 千景ちゃんってめっちゃ可愛いし、こんな可愛いコと一緒に歩けるだけで超自慢だよ。今までの男達はバカだよね。今頃後悔しているんじゃない? まぁ、オレは後悔しないけどさ」


 おっと、それはもう私だって決めてくれているって事じゃんねー? 今の言葉で私は彼の真意を確信した。うん、今日の合コンは成功だな♪ 私は心の中でニンマリとしながらピースを掲げた。


 私の名前は笹瀬千景(ささせちかげ)。商社勤務OL三年目の二十五歳。外見は栗色のフワフワのウェーブとクリクリの大きな瞳がチャームポイント(自称ではない)。昔からの夢はベタなお嫁さん。今まで付き合った彼氏は三人。


 最後に付き合った彼は五年付き合って、いよいよ結婚かと思っていた矢先に見事フラれた。原因は私の顔が童顔過ぎて、一緒にいると周りからロリコンの目で見られるから、恥ずかしいと言いやがった。


 五年も付き合って、そりゃねーよって思ったんだけど、縁がなかったんだって思ってアッサリと別れてやったさ! それから新しい彼を作ろうと友達に紹介してもらったり、合コンやオフ会のイベントに参加したりと、気になった彼と良い雰囲気になったかと思うと、やっぱりこの童顔でフラれる。


 今までの甘い時間は血迷ったとか魔が差したとか言ってくれちゃってさ。こっちは魔が刺したって言ってやりたいよ。結局、見た目で選ぶようなダメ男を選んでしまう自分が情けない、チキショー。こんなんばっかりだけど、お嫁さんになる夢は諦めたくない。


 私は現在一人暮らしをしている。社会人になったのをきっかけに早く実家(あのいえ)から出たかったのだ。実は昔から両親がすこぶる仲が悪く、父は頻繁によそで女性との関係をもち、母は家庭を顧みない仕事人間であり、どちらも私の事なんて気に掛ける様子もなかった。


 結婚した夫婦ってこんなものかと冷めていた時期もあったけれど、初めて恋を知った時、人を愛するって、こんなにも温かい事なんだって感じて、もし自分が結婚をしたら、旦那さんと子供も愛し愛される良妻賢母になるって決めたんだよね!


 年を重ねるごとに夢への思いは強くなっていき、いつも今年こそはって、ずっと思っていた。この夢は諦めたくない。そんな夢に近づく為、今日も積極的に合コンへと参加した。今回は男女各六名ずつのカラオケ大会だ。


 いつも以上に見た目には気合いを入れた。キラキラストーンやリボンがチャームのトップスから、ふんわりと揺れ踊るシフォンスカート、バレッタ、ピアス、ネックレスといった小物で可愛らしさもアップ、髪型も女性らしくハーフアップにさせて、抜かりなしの勝負へと出た。


 メンバーは会社の同僚と同業界の男性陣だ。同じ業種だけあって話は盛り上がる。男性陣はイケメンから、話が面白いフツメン、フェロモンムンムン、硬派な知的メガネさんと多様に揃っている。


 中にはどう見ても年を二十歳はサバよんでいるよね? って人もいるわ、同僚を某有名なゲームのヒロインと重ね、そのヒロインの名前で呼ぶオタもいるけど、いつもよりハイレベルな楽しい会だった。


 そして私は面白いフツメンの鴇澤さんといい雰囲気になっていた。さっきから彼は片時も私から離れずに千景ちゃんって呼んで親しんでくれているし、質問攻めをされているところをみると、確実に私狙いだ。


 心配していた童顔の件も彼は気にせず、むしろ私を可愛いだの、好みだのと褒めちぎってくれている。見た目はフツメンの彼だけど、男は顔より中身だ。しかもこの人は私を笑かしてくれる。一緒にいて楽しい。


 七色のディスコライトの光を浴びた室内は盛り上がりの雰囲気抜群。お(アルコール)も入って皆さん、かなりのハイテンションになっていますわ。歌う曲はバンド系、アイドル系、ダンス系、アニオタ系、特撮もの系、演歌、洋楽と、もう皆好き勝手に歌っているよ。


 順番が回ってきて最後に私の出番がきた。いよいよだと気合いを入れて私はマイクを握る。曲名のタイトルは「恋するキュンキュン乙女」♪ この歌は今流行りのアイドルグループ「恋のキュンキュンをあなたに届けちゃうぞ☆」略して「KKAT(ケーケーエーティー)」の大ヒット曲だ。


 この曲はアップテンポで、セクシーさあり、可愛さあり! の振り付けもついていて、世の男性陣を虜にしたカラオケ定番の曲だ。まぁ、さすがに振り付けまでしたら、男性陣がドン引くと思ったから、とりあえず歌だけにしておいた。


 これを歌って誰かの心をキュンキュンさせられたらいいんだけどな、へへっ。なーんて野心を抱きながら、私は最後まで熱唱をした。そして点数が出るこのBOX機械で私は……「採点不可」の結果を出したのだ。


 気が付けば周りの皆は何故か悶絶していた。一人残らず全員その場で躯をうつ伏せに倒れていたのだ。確か音楽(メロディー)が流れ始めていた時は大盛り上がりで、タンバリンや鈴の音が聞こえていたけど、歌い出したら熱唱し過ぎていて周りの様子に気付かなかったや。


 でもそんなに私の歌が上手かったのかと自負して喜んでいたところに、いつの間にか景色が「無の世界」に変わっていた。ここに来たきっかけって…まさか私の「上手すぎる歌」が原因じゃないよね?


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