第三話:始動
「パーティーをしようず」
智香は、最近毎日そんなことを言っている。明梨が入部してから一週間が経ったのだが、いまだにパーティーの日にちが決まっておらず、なによりここ何日か明梨が部活に顔を出さないため、全く話が進まないのだ。あいつ一体なにをしているんだろうか。いい加減決めないと、この智香オウムが黙らせられないだろう。そんなことを考えていると、
「パーティーをやらないか」
と、真一まで乗り出した。
「おい、いい加減にしろ。これ以上面倒事を増やすんじゃねぇよ」
俺たちがくだらないやり取りをしていると、部室のドアが開き、明梨が入ってくる。
「おまたせ。しばらく顔出せなくてごめんね」
明梨はそう言うと、封筒を鞄から取り出した。中身を見てみると万札が何枚か入っていた。
「お、おい、この諭吉さんどうしたんだ。まさかいかがわしいことして稼いだんじゃないだろうな。そんな金使えないぞ」
「そんなわけないでしょ!」
真一が焦った声で言うと、明梨は顔を真っ赤にしながら真一の言ったことを否定して、お金の出所について話し始めた。
「これは、部費よ。ここは仮にも部活なんだから、部費があって当然だと思ったの。だから、職員室に行って鈴木先生に聞いてみたら案の定あったわ。けれど、部費の申請手続きを誰かさんがサボっていたせいで、こんなに時間がかかっちゃったのよ」
明梨が鋭い目つきで真一を睨むと、件の真一はその視線を受け流して、口笛を吹いている。相変わらずだな、こいつらは。そんなやり取りすら智香にとっては嬉しいことらしく、彼女は終始笑顔なのだが、部室はかなり騒がしくなった。
まぁ、明梨がこの部活に入ってから真一の掃除をさぼる回数が圧倒的に下がったため、明梨には非常に感謝しているし、何より俺の真一に対する小言を明梨がほとんど請け負ってくれるようになったため、俺的にも明梨がこの部活に入ってくれて本当に良かったと思う今日この頃だ。
「明梨。真一のだらしなさなんて、今に始まったことじゃないだろ。そんなことより話を進めようぜ。」
俺が呆れながら明梨たちに向かってそう言うと、
「そうです。早く話を進めてレッツ・パーティーと行こうではないですか。フフフ、みなぎってきたですよー。かぐたんも一緒にパーティーするべきだろ、常考」
と、智香が鼻息を荒くフィギュア片手に叫んだ。お前それは仮にも女としてどうなんだ。俺はそう言いたくなったが、言っても無駄なのは目に見えているため、言わないことにした。それと汚れるから一緒にパーティーさせるのは止めておけ。
かぐたんとは、本名七瀬神楽耶といい『魔法少女の憂鬱』と言うアニメのメインヒロインだ。最近の智香は、毎日あのフィギュアを見てニヤニヤしている。ちなみにこれは余談だが、この間、彼女が部室で上に掲げて小踊りしていたときに持っていたのはまさに、目の前にある神楽耶の巫女服姿のフィギュアである。どうやら真一が智香にプレゼントしたらしい。
「それで、智ちゃんと純はどこでパーティーするつもりだったの? まさか部室でやるつもりではないんでしょ?」
明梨が、真一を睨むのをやめて俺たちに聞いてきた。
「あの~。僕には意見を出す権利はないのでせうか」
真一が指をクネクネさせながら明梨に向かって言うと、明梨は鬼のような形相で、
「あるわけないでしょ。あんたのせいで、こんなにパーティーするのが遅れているんだから?」
と、怒気を孕んだ声で言った。もしかしなくても明梨が一番楽しみにしているのかもしれない。俺はそのとき、明梨は昔からパーティーとか祭りとか、ちょっとしたイベントが好きだったことを思いだした。
それにしても真一も懲りないやつだ。あれだけ睨まれていたら普通あんなこと聞けないと思う。俺は最近あいつのずぶとさだけは尊敬に値すると、そんなことを考えるようになってきた。思考を終え、会話に意識を戻すと、ちょうど智香が自信満々に話し出そうとしているところだった。
「私に任せてください。前々から行ってみたかった場所があるのですよ。きっと皆さんも気に入ってくださるはずですぞ、キリ」
どうでもいいが、フィギュア片手に言っても決まらないから。後、俺のほうにそれを向けるな。見たくないものが見えるだろ。
智香があまりに自信満々に言うので、俺たちは智香に任せてみることにした。流石の智香でもみんなが楽しめないような場所には行こうとは思わないだろうし、なによりこれは智香が言い出しっぺである。俺たちに特に案がないなら、言いだしっぺである智香に任せるのはむしろ至極当然のことだろう。
☆ ☆ ☆
そんなこんなで一抹の不安を残しながら、ついにパーティーの日がやってくる。この日は土曜日。俺は駅の改札口の前にいた。ここで十時に集合と言う予定になっているからだ。
ちなみにこれは明梨の提案である。なんでも、
「智ちゃんの至福、もとい私服がみたい」
だそうだ。あいつ変な性癖持っているんじゃないかと心配になった。
「みんな変わっちまったな。変わってないのは俺だけか」
と少し寂しい気持ちで哀愁を漂わせていると、後ろから、
「お前も随分変わったと思うぞ」
と、苦笑いを浮かべて言いながら、真一がやってきた。
「おい、人の頭の中を見るな。と言うより、いつからそんなことができるようになった」
俺が半ば呆れながら聞くと、真一は「分からん」と腕を組んで偉そうに答えた。むかついたのでヘッドロックをかましていると、後ろから聴きなれた声が聞こえた。
「お待たせ」
「お待たせしたです。デュフ」
俺は真一をヘッドロックしながら後ろを振り向く。すると、そこにはいつも以上に可愛らしくなった、俺の後輩と幼馴染みの女の子が立っていた。
明梨のほうは、黄色のYシャツに可愛らしいクマの柄が背中に書かれたフード付きの茶色いパーカーを羽織って、青いジーパンをはいている。頭には白と青のキャップをかぶり、どちらかと言うとボーイッシュな服装が逆に、女性としての可愛らしさや彼女の凛とした雰囲気を引き立たせていた。
一方智香のほうも、白いワンピースに、薄い黄緑のカーディガンを羽織って、首には銀色の小さいハートが二つ付いたネックレスを身に着けているなど、普段の智香とはまた違った、とても清純で可愛らしい服装をしていた。俺が二人に見とれていると、明梨が視線を落としながら真顔で俺に言った。
「純、それ大丈夫?」
明梨の視線の先を見ると、真一が死にかかっていた。
「うわ、すまん真一。流石にやりすぎた」
俺が真一の首を解放すると、真一はせき込みながら、
「ゲホッ、ゲホッ、い、一瞬、死んだばあちゃんが手招きしているのが見えたよ!」
と、俺をジト目で見ながら言った。明梨と智香はそんな俺たちのやり取りを見て、呆れながらもクスクス笑っていた。
「本当にあんたたちを見ていると飽きないわ。あ、そうだ。忘れてた」
明梨はそう言って、智香の肩を抱いて自分のほうに引き寄せると、
「どう? あたしたちの格好は。似合ってるでしょ?」
と、誇らしげに胸を張って言った。確かに明梨の言う通りものすごく似合っていたため、
「あぁ、可愛い。すっっごく可愛いっ!」
と、素直な感想を述べる。すると、智香が珍しく顔を赤くして照れていた。それを見て、明梨はなぜか誇らしげに鼻を高くする。
「実はね、あたしと智ちゃんが住んでいる家が思った以上に近いことが昨日分かったの。それで今日一緒に来ることになったんだけど、呼びに行って出てきたときの智ちゃんの格好が、白と黒だけの服装だったのよ。まさかと思って、智ちゃんの部屋に上がらせてもらってクローゼットの中を見たら、案の定黒と白の服しかないじゃない。そこで見かねたあたしは、智ちゃんをあたしの家に連れていってコーディネートしたってわけ」
明梨は事の顛末を話すと、もう一度誇らしそうに胸を張った。明梨が話し終わると、智香が続いて話し始めた。
「私は大丈夫だと言ったのですが、明梨先輩の押しが強くてまさかこれが女の子同士の行為! 百合展開キターーー! 『ハァハァ、これなんてエロゲ』となってしまいまして。不本意ながらこのような格好でくることになってしまいましたでござる」
なんか途中よくわからなかったが、つまり明梨が智香の格好を整えたってことか。
「明梨、お前……」
俺が声を震わせながら明梨に詰め寄ると、明梨は急な俺の変化に恐怖を抱いたのか、
「な、なに? 純。どうしたのよ」
と、声を震わせながら逃げるように後ろに下がる。俺は明梨の肩を掴むと、右腕を振りあげて彼女の顔の前に振り下ろす。
「グッジョブ!」
俺が心の底から称賛を告げると、明梨はつぶっていた目を開けて目の前にある俺の手がグットマークを作っているのを見ると、一瞬キョトンとした後、すぐに気の抜けた顔になった。
「もう。驚かさないでよぉ」
「あはは、すまん。あ、それと智香。その恰好、本当に似合ってるぞ! ものすごく可愛い」
智香は俺の言葉を聞くと、また顔を真っ赤にしながら、
「えっと、あの、も、もう行きましょう。レッツ・パ、パーティーでござる。デュフフフフフ」
と言って、ロボットのようなギクシャクした動きで歩き出した。
「おーい、智香そっちじゃないぞ。戻ってこーい」
真一が逆方向に行こうとする智香に声をかけると、智香はUターンをして、さっきより顔を真っ赤にさせて戻ってきた。「お前は何でこれから行く場所を知っているんだよ」とも思ったが、智香の貴重な姿を見ることが出来たのでツッコまないことにした。真一。こんな可愛い智香を見せてくれてありがとう。俺は心で真一にお礼の言葉を告げた。
「おうよ」
だからお前は俺の考えていることを読むなって。
そんな、最近日常の風景になりかけている流れを終えて、俺たちは春木野のメイドカフェに居た。なぜこんなところにいるかって? そんなこと聞かなくても分かるだろ。そう、智香の案だ。なんでも、
「ここはどこだって? ここは私の大好きなアニメ『シャイニング・ゲート』に出てくるメイドカフェ『メイキング+ワン2』の元となったメイドカフェに決まっているではないですか、常考」
だそうだ。
そんなこと知るか! 大体ここでどうやってパーティーをしようと思っていたんだお前は。そして一番の疑問は――。
「あの制服の子可愛い。あ、あの子の仕草いい! うーん、あの接客の仕方は――」
明梨、お前は一体ここに何をしに来たんだよ。馴染みすぎだろ。と言うかだ。お前はやっぱりそっちの気が……? それに、いつもは一番うるさい真一が、
「おい明梨。少し静かにしろよ。他のお客さんに迷惑だろ」
こんなこと言ってツッコミを入れているなんて、俺は夢でも見ているのか。
「真一、何でお前はテンション上がってないんだ? こういった場所一番好きそうなのに」
俺が心底不思議に思いながら聞くと、真一は真顔で、
「僕は二次元ラブだからな。それに誰にでも尻尾を振るわんこは嫌いなのさ。キリ」
と言った。はぁ、駄目だこいつら。早く何とかしないと。
結局そこではパーティーどころではなかったため、仕方なく後日部室でもう一度パーティーを行うことになった。この日、俺はもう二度と智香や真一に会場決めを任せないと心に誓うことになったのだった。
次の日、日曜日にもかかわらず、俺たちは学校に集まっていた。
「えー。これから作戦を始める。開始時間は一○:○○だ。では、検討を祈る」
「了解です。ご武運を、隊長」
おい、お前ら。なに二人で遊んでいるんだ。展開がよくわからなくて明梨と俺が置いてきぼりになっているだろ。第一、すでに十時はとっくに過ぎて今は11時だ。そのことを、部室にかけてある時計を指さすことで真一に教える。すると、時計を見た真一の顔が一気に絶望した表情になった。
「すまん、智香少尉。俺の時計がくるっていたためこの部隊は全滅する。新米のお前を巻き込んでしまい、本当にすまん。俺が隊長だったばっかりに……」
真一が悔しそうな顔でそう言うと、智香が、
「そんなことないです。隊長は素晴らしい方でした。私はこの部隊には入れて、みんなと戦えて、一緒に散れて本望です」
と、本当に泣きそうな顔で言う。真一はともかく智香の演技力はすごいな。いまからでも、こんな部活をやめて演劇部に入りなおしたほうがいいんじゃないか? それにしてもなんだ。このカオスな空間は。さっきから明梨が黙り込んでしまっているじゃないか。
「あれ? 先輩方来ていたんですか。全然気が付かなかったです。今、真一先輩と『俺たちの戦場~コミケ争奪編~』をやっていたんです。先輩方もご一緒にどうですか? 楽しいですよ? デュフフ」
俺たちの存在に気付いた智香が、にやけた顔で俺たちのことをよく分からない謎の遊びに誘ってきた。明梨は嬉しそうに加わろうとしたが、真一のにやけた顔を見ると、足を止め、嫌そうな顔をする。こいつら、今日俺たちが集まった理由を忘れたんじゃないだろうな。はぁ、頭が痛くなってきた。この部では常識人は俺しかいないのか。
それにしても明梨のやつ、なんかこの部の影響を受けすぎている気がする。いやまぁ、この際それは置いとくとして、こいつらに今日集まった理由を思い出させなくては。
「おい、お前ら今日集まった理由忘れてないだろうな」
俺がそう言うと、真一が、
「へ? なんだっけ」
と、キョトンとした顔で言った。はぁ、やっぱり忘れてやがる。俺は呆れながらも、仕方なく今日集まった理由を話そうと口を開く。しかし、俺が話し出す前に智香が説明し始めたため、俺の出番はこなかった。
「真一先輩。我々は今日ここで、アニメについて熱く語り合うために集まったのですよ。すなわち今日集まったのは、親睦パーティー兼アニメ評論会を行うためですかに。理解おけ――ではないようですねぇ。まったく、だめだこいつ。早く何とかしないとですね、デュフフ」
智香が話し終える前に、真一は何かを頬張っていた。奴が頬張っていたもの。それは、パーティーが始まったら俺が食べようと思っていたリス型のクッキーだった。フフフ、さしもの優しいことで有名な俺でもそれは許さんぞ、真一。地獄に落としてやる!
そんな騒動もあったが、今度真一に高級アイスを全員分買わせることで収拾がつき(最後まで奴は抗っていたが)今度こそ本当の親睦パーティーが始まった。パーティーが始まると、智香がいきなり俺に向かって話題を振ってきた。
「ところで、純先輩はなにか好きなアニメはないのですか?」
智香は俺にそう聞くと、俺に向かってボーメ(砂糖が塗してある棒状のお菓子)をマイク代わりに差し出してくる。俺はそれを受け取り、マイク代わりに持つと、
「……特にないな」
と、言った。それを聞いた智香と真一、それになぜか明梨までがため息をついた。
「な、なんだよ、明梨まで。そんなに駄目な答えだったか?」
俺がそう言うと、彼女は俺の顔を見ながら、
「こう言う場では面白い答え――とまではいかなくとも、もっと楽しい答えを返すものでしょう。今の答えは、いくらなんでもないと思うわ」
と、呆れ顔で言った。くそ、返す言葉がない。とりあえず、この質問をした本人にも聞いてみることにした。
「えーと、わたしはですね。『俺幼』、『僕は友だちがいない』、『魔法少女の憂鬱』、『シャイニング・ゲート』、『放課後の鐘が鳴るころに』、『従妹と僕』、あとは――」
多すぎるので割愛させていただく。真一のことは知っているので、さきほど人のことを馬鹿にした明梨に聞いてみる。
「え、あたし? あたしは……『プリ・ゾン』」
明梨はそう言って顔を真っ赤にしながら、伏せてしまった。それを聞いた俺は、明梨のまさかの返答に驚き、そして固まってしまった。
『プリ・ゾン』とは、一昔前に流行った少女向けアニメである。内容は魔法少女が悪者と戦っていくというよくある展開ものだが、所々にあるヒロインと作中に出てくる男の子のロマンチックなやり取りがとても女子たちに絶大な支持を得て、いまだに信者が多い。そのため、女子の好きなアニメであげられても別段変なことではないのだが、まさか明梨が信者とは思わなかった。
「……な、なによ。笑いたきゃ笑えばいいじゃない。どうせあたしにはそんなイメージないわよ。可愛くないし……性格きついし……ロマンチストだし。でも、あたしだって可愛いもの好きなのよ。ヒロイン全員可愛いじゃない!」
明梨が逆切れ気味によくわからないことを怒鳴り始めるなか、真一が珍しく自分から明梨に話しかける。
「そんなことないだろ」
真一がそう言うと、さっきまで怒鳴っていた明梨が、
「へ?」
と、真一の顔を見て黙り込む。真一はまた話し出す。
「だから、そんなことないって言ったんだ。確かにお前は僕に対しては性格きついし、アニメが好きなイメージなんてないが、可愛いもの好きなのは女の子っぽいし、ロマンチストなのは悪いことじゃない。それに……二次元ラブの僕から見ても、お前は可愛いと思うぞ? お世辞抜きでな。なにより、僕やここにいるやつは、お前の好きなものを笑ったりしないぜ?」
真一、お前ってやつは。やっぱりお前は変わってないよ。誰よりも優しい俺の最高の親友だ。
「な、なに恥ずかしいこと言ってるの? あたしがか、か、可愛い、とか、なんなのよ。 あんた、あたしにあんだけ辛辣な扱いされているのに、どうしてそんな風に思えるのよ!」
明梨は顔を真っ赤にしながら、真一に向かって叫ぶ。そんな明梨に、真一は何でもないことのようにあっけらかんと答える。
「当たり前だろ。お前は僕の大切な幼馴染みなんだから」
真一のその言葉についに耐え切れなくなったのか、明梨は教室から飛び出していった。
「あ、おい明梨! 純、一旦パーティーはストップな」
そう言って真一は明梨を追って、走って行ってしまった。真一と明梨のいなくなった部室はものすごく静かだった。
「二人っきりになってしまいましたね。純先輩」
そんな状態に耐えかねたのか、智香が話しかけてきた。俺も彼女と同じでこの状態に気まずさを感じていたため、智香との会話にのることにした。
「そうだな。あいつらがいないと静かすぎる」
俺がしみじみと言うと、智香は笑いながら笑えない冗談を言ってきた。
「本当ですね。もしかしてこのまま戻ってこなかったりして。そしたらもしかして私は先輩に襲われちゃうのかも。キャー先輩のえ・っ・ち」
そんな変態ではない! と言いたかったが、余計な反応をすると目の前の相手は余計つけあがると言うことを、彼女と知り合ってからの短い期間で学んだため、話題を変えることにした。
「そんなことはどうでもいいが」
「私の渾身のギャグを無視とか。……放置プレイですね。分かります」
「実は、智香に聞こうと思っていたことがあったんだよ」
「……私の冗談には付き合ってくれないのに自分の主張はしっかり言うんですね。先輩は本当に鬼畜です」
俺が智香のよく分からない(分かりたいとも思わない)冗談を無視して問いかけると、彼女は相手してくれなかったことにへそを曲げながらも、俺の話を聞く姿勢になってくれた。こういうところはとても素直で良い子なのになぁ。本当に要らぬところで損していると毎度ながら思う。
「この前部室で、『今度一緒に春木野へ行ってなんか奢る』っていう約束しただろ? あれ、いつ行くことにする?」
俺は場を持たせる一つの話題として聞いただけだったのだが、智香はさっきまでの様子とは打って変ったように目を輝かせて、
「先輩、あんな忘れてもおかしくないような約束覚えていてくれたんですか?」
と、目をキラキラさせながら感激していた。俺はその様子を見て、不覚にも非常に可愛く感じてしまい、
「あ、あぁ」
と、そっけない返事を返してしまった。しかし、智香は別にそんなことは気にしていないらしく、智香のことを何も知らない男なら、間違いなく惚れてしまうであろう笑顔で俺の顔を見つめてくる。
「それでは来週の日曜日とかどうですか?」
智香がものすごく弾んだ声で聞いてきた。
「おう、いいぜ。じゃあ十時に、前に待ち合わせした場所でいいか?」
携帯のスケジュールで予定が入っていないことを確認し、返事を返す。
「問題ありません!」
突然決まったイベントへのワクワクをかみしめるように、智香は嬉しそうに何度も頷くと、「楽しみです。楽しみです。大事なことなので二回言いました、キリ」とはしゃいでいた。俺はその様子を見て、こんなに喜んでくれるならば言ってよかったと心底ほっとする。智香じゃないが、今週の日曜が待ち遠しくてたまらなくなってしまった。
俺たちの会話が終わったのと同時に、真一と明梨が戻ってきた。ちなみにこれは余談なのだが、戻ってきた明梨の顔はまだ真っ赤だった。