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第一話:はじまり

 ――どうやったらあなたみたいに強くなれますか?


 目の前の女の子が俺に聞いてくる。

 俺は答える。

「思い続けることだ。そうすればきっと君も強くなれるよ。思い続けられるのはすごいことだから」

 言いながら恥ずかしくなってきた俺が女の子のことを見ると、彼女は泣きながら笑っていた。


 ――どうしてそんな顔をしているんだ?


 彼女に触れようと手を伸ばす。何故だかは分からない。けど、その時の彼女の顔がひどく悲しそうだから。寂しそうだから。辛そうだから。俺は彼女に触れたいと、そう思ってしまったんだ。








 時計が針を刻む音すらよく聞こえてくる、そんな静かな朝。俺が半分意識を覚醒させながらも布団と戯れていると、急に部屋のドアがおもいっきり開かれ、部屋中に響き渡るほどの大声が俺の安眠を邪魔してきた。

「いい加減起きろ! 馬鹿兄貴」

 獣の雄たけびのように五月蠅い叫び声と同時に、思いっきり頭を強打される。

「いだぁっ!」

 痛みでベッドの上を転げまわる。激しい痛みに耐えながら殴った張本人を恨めしげに睨むと、そいつは眉間に皺を寄せながら俺のことを睨みかえしてきた。

「何すんだよ! 人がせっかく布団と戯れながら、日々の疲れを癒していたっていうのに」

「今何時だと思ってるんだよ! 人がせっかく早起きして朝ごはん作ってやってるっていうのに、いつまでも呑気に惰眠を貪りやがってぇ! 早く起きて飯食えっての!」

 俺の抗議を無視して、目の前の口うるさい(ついでに口が悪い)妹はその辺に転がっていた雑誌を投げつけながら叫んだ。

「ゆ、優枝ちゃん。そんなことしちゃだめだよ」

「美愛姉は黙っててよ!」

「ひぃっ! ごっ、ごめんなさいぃぃ」

 暴妹――もとい優枝は美愛姉に向かって、声を荒げて叫ぶ。この暴力女の名は渋谷優枝。渋谷家の次女で、現在中学三年生。名前には優しいと入っているが、口が悪く、実の兄貴を殴るような乱暴な妹だ。ただし、なぜか料理や洗濯などの家事全般は大の得意で、家のことはほとんど優枝がやっている。正直、性格がこんなにがさつでさえなければ嫁にしたいくらいなんだが……。ちなみに俺の朝はいつもこんな感じである。え? 自業自得だって? まぁそうなんだけどな。

 そして、優枝の隣でおびえている女性は渋谷美愛。俺と優枝の姉であり渋谷兄弟の最年長者……なのだが、なんと背は優枝より小さい。性格も優枝と真逆でいつもオドオドしている。そんな性格と外見が相まって、まるで小動物のような扱いを受けることが多い……らしい。(真相がよく分からない)

 一見中学生にしか見えない人だが、見た目で判断してはいけない。この人は現在、近くの大学の三年生。つまりは、二十歳を超えているのである。

 俺たちより年上のはずなのに、見ているとなぜかそのことを一瞬忘れてしまいそうになるのは、きっと見た目が幼いころとあまり変わっていないところや性格のせいもあるのだろうが、一番の理由は、美愛姉の纏っている空気だと俺は思っている。彼女からは、放っておくと死んでしまいそうな、どこかか弱い雰囲気が放たれているのだ。そう。俺の姉はまるでウサギのような人なのである。妹は…………余計な発言は止めておこう。

「とにかく早く起きてこいよ。せっかく作ったんだから、食べないなんて許さないからな。……はぁ、本当になんで毎朝こうなんだか」

 優枝はそう告げると、ブツブツ言いながら部屋から出ていった。優枝がいなくなった途端、ものすごく部屋が静かになる。すると、さっきから俺と優枝を交互に見てオロオロしていた美愛姉は、緊張の糸が解けたのか大きく息を吐き出すと、俺のほうを向いて、

「も、もう。優枝ちゃんを怒らせちゃダメっていつも言っているでしょう? ただでさえ、忙しい母さんの代わりに家のこといろいろしてくれているんだから、これ以上迷惑かけないの。純ちゃんだってもう子どもじゃないんだから」

 と、少し頬を膨らませながら俺を叱ってきた。美愛姉には悪いが、はっきり言ってちっとも怖くない。むしろ、ハムスターのようで可愛かった。だが、叱られたことには変わりない。なにより確かに今回は俺が悪かったとも思う。

「すみません」

 軽く頭を下げながら謝る。そんな俺の様子を見て、美愛姉は表情を怒った顔から笑みに変えて、俺の頭を精一杯背伸びしながら撫でる。

「もういいから早く着替えて降りてきてね。下で待っているから」

 美愛姉はそういうと、そそくさと部屋を出ていった。俺はその様子を見届けたあと、ため息をつきながらベッドから降りて支度をし始めた。


「くそ、優枝の奴。まだ頭が痛いぜ」

 優枝に殴られたところをさすりながら、食卓に着く。そういえば、なんか変な夢を見ていたような気がするんだけど。

 俺が夢の内容を思い出そうと頭を唸っていると、目の前に納豆、豆腐の味噌汁、白米、それにアジの開きが置かれた。とても食欲を誘う香ばしい朝ご飯の匂い。その匂いを嗅いだと途端、意地汚い俺の腹が「グ~」と音を鳴らす。

「おぉ、これこそ日本の朝ごはんだな!」

 俺は夢の内容を思い出すことを止め、ご飯にありつく。すると優枝が、

「まったく。食いっぷりだ・け・は・一人前だよな。兄貴は」

 と、呆れながら言ってきた。

「なんだと! 兄に向かってなんだその言いぐさは」

 ご飯を食べ終えた俺が、優枝の頬を引っ張る。すると、優枝もむきになってやり返してきた。こうして、渋谷家第二次戦争が勃発したのだった。


 朝の出来事ですでに疲れた俺が、「いいことないかなぁ」なんて考えながら道を歩いていると、俺の横を見知った顔の奴が歩いていった。

「うん。面倒くさいから、話しかけなくていいか」

 聞こえるか聞こえないか分からないくらい小さな声でそう呟くと、目の前を歩いていた不審な男、もとい真一は立ち止まって俺のほうへ振り返った。

「おいおい、頼むから話しかけてくれよ! 寂しいじゃないか」

 俺の冷たい反応に焦って、半ベソ状態の顔でそんなことを言ってくる真一に、俺は優しく現実を告げてやる。

「お前きもい」

「……今僕、心から傷ついたんですけど」

 真一はがっくりうなだれながら俺に聞こえるように呟いた。こいつは藤岡真一。俺の小さいころからつるんでいる奴、つまり幼馴染みだ。何も喋らなければわりかし好感をもたれる容姿をしているのだが、如何せんこいつはなぁ……。まぁ、ここではあえて述べるのをやめよう。

 がっくりうなだれたまま動かない真一。俺はそんな真一にとどめをさすため、更に気持ちを込めてはっきりと告げる。

「お前気色悪い」

 俺が真顔でそう伝えると、真一は床に手をつきながら、

「お前は僕の心を再起不能にしたいのか」

 と、もはや本当に泣きそうな声で言った。

「お前の心なんて、唾つけときゃ治るだろ」

 俺が冗談でそんなことを言うと、真一が急に顔を上げ、さも嬉しそうに周りの人を引かせる発言をした。

「うん? それは、僕の心を優しくなめて治してくれる二次元嫁を連れてきてくれるってことか? 流石僕の親友兼幼馴染み。僕の望みをよく理解していらっしゃる」

 こいつの頭は本当に大丈夫なのか。俺は割と本気で心配になってきた。

「……良い病院紹介してやるよ。お前がこんな奴になってしまったのは俺が止めなかったからだしな。ごめんな。責任もって連れてってやるから」

「急に優しくなるな!」

「あ、それと俺とお前は親友じゃない」

「急に厳しくもなるなよぉ」

 こんないつもどおりのやり取りをしているうちに、俺たちの高校、蒼晴高校に着いた。


 ☆ ☆ ☆

  

「ふぁあ、眠い」

 昼のチャイムが鳴り、襲いくる睡魔に負けないために伸びをして戦っていると、真一が俺の席に近づいてきた。

「なんだ、純。寝不足か? アニメなんて見ているからだぞ♪」

 むかついたので一発殴ってやる。

「グボッ」

 なんだこいつ。はぁ、もういいや。

「お前と一緒にするな。昨日の夜は、遅くまで勉強していたんだよ」

 なおもあくびをこらえながらそう告げると、真一は俺の顔をまじまじと見て、次に俺の額に手を当て何かを確認すると、首を傾げながら非常に失礼なことを言ってきた。

「熱でもあるのか。仮にも中学時代は『蒼晴中最強の不良』と恐れられていたお前から、勉強なんて言葉がでてくるなんて」

「あるか! 第一それは誤解だってお前はよく知ってるだろ。それにもう二年生になった。あまり頭が良くない俺が目標の大学に入るには、今から少しずつやってないと間に合わないんだよ」

 本当に失礼な奴だ。まぁ、今さらだが。確かに俺には中学時代、不良に絡まれている人を助けようと何度か庇っているうちに、いつも間にか俺まで不良というレッテルを貼られ恐れられていたという過去がある。だがそれは誤解なのだ。俺はあくまで善良な一般市民であり、誰かの迷惑になることなんてまったく……いや、ちょっとだけしかしたことないんだ! 本当なんだ! ……はぁ、俺は一体誰に向かって弁解しているんだか。

 まぁ、そのことから開き直って勉強をあまりしてこなかったというのも、我ながら情けないことに事実ではある。だからさっきの真一の反応も分からなくはないのだが……。

「純君、まっじめー」

「お前殴るぞ」

「ひぃ。お助けぇぇー」

 目の前にいるアンポンタンのこの反応。今度は本気で殴りたくなった。だが、俺はこいつと違い大人なので今度何かおごらせるだけで我慢することにする。うん。俺も成長したな。

「ところで、お前今、目標の大学って言っていたよな。どこを目指しているんだ?」

「あぁ、蒼晴大学だよ」

「うん? 今、蒼晴大学って言ったか?」

 蒼晴大学と聞いた真一の顔が急に真顔になる。ちなみに蒼晴大学とはこの辺で一番難易度の高い国立の大学だが、真一の反応が、俺が予想していたものと違ったため、俺はどう返せばいいか分からず、仕方なしに真一の次の言葉を待つことにした。すると、真一から予想外の言葉が飛び出してきた。

「純、お前に会わせたい人がいるんだが」

 真一の言葉に「お前は息子に新しい母親を紹介しようとする父親かよ!」とツッコみたくなるのをこらえながら、返事を言わないことにしびれを切らしてもう一度言われるのも癪に障るため、しょうがなく答えてやることにした。

「お前に紹介できるような知り合いなんていたのか?」

「……おい、純。お前は僕をそんなに可哀想なやつだとおもっていたのか」

「え? 違うのか?」

 それを聞いた真一は膝から崩れ落ちた。そして呟く。

「助けて、結芽ちゃん」

 ふむ。流石に少しやりすぎたかもしれない。反省はあまりしてないけどな。ちなみに結芽とは、真一の別次元にいる嫁――つまり『二次元嫁』というやつである。

「お疲れ、二人とも」

 俺たちがいつも通りのやり取りをしていると、とてもハキハキとした爽やかな声で金髪の男が話しかけてきた。さらにその後ろから、少し――いや、かなり太めのぽっちゃりした体格の男と、眼鏡をかけた黒髪の、所謂『委員長』と言う言葉で浮かべるであろうイメージをそのまま具現化させたような男が続く。こいつらは順番に、長谷川、田辺、山本と言う名前で、俺と真一がこのクラスでよく一緒に行動している級友だ。

「本当に疲れたでござる。こんな時は拙者の二次元嫁に癒してもらうのが一番でござるねぇ。グフフ」

「同感だよ。田辺」

「おお! 藤岡殿。流石、貴殿なら理解してくれると思っておりましたぞ」

 そんなことを言いながら、真一と田辺ががっちりと固い握手をする。

「真一、田辺。君たちはもう少し自重したほうがいい」

「まぁまぁ、山本。リラックスの仕方は人それぞれなんだからさ」

 田辺と真一がオタク発言をして、それを俺や山本が呆れながらツッコんで、そんな俺たちの間を長谷川が取り持つ。

 それが俺たちの日常だ。何でもない日常だが、こんな日々も悪くはないと思う。なにより、楽しいからな。


 睡魔との戦いに勝ったことを誇りながら迎えた昼休み。俺は真一に連れられて、一年生の教室の前にいた。此処に連れてくる道すがら真一に訳を尋ねたが、奴は「いいからいいから」としか答えず、教室の前に着くなり俺をそこに放置して、一人でずかずかと中に入って行った。

数分後。周りからの好奇の視線が辛くなってきたとき、真一が一人の女の子を連れて戻ってきた。

「おまたー」

 俺の一日で一番大切な昼食の時間に満足に理由もつけず連れ出したうえ、挙句の果てには待たせたというのに、真一には全く反省の色がみえなかった。そんなこいつの態度に温和な俺ですら軽く殺意が沸いたので、真一に「お前今度昼飯奢りな」と笑顔で告げて、隣の女の子を見る。そこにはおおよそ真一の知り合いとは思えない美少女が立っていた。髪型はいわゆるおさげで、色は青みがかった黒。色白であまり陽を浴びていない印象の、まるで人形のような女の子だった。

「それでだ、真一。この子は一体誰で、どうして俺に紹介しようと思った。そんなところでいじけてないで早く説明しろ。奢りは無しにしてやるから」

 俺が呆れながらそういうと、廊下のすみに行って指で円を描きながらいじけていた真一がわざとらしい咳払いをしながら、

「その説明をする前に自己紹介をしようではないか」

 と、老紳士風に言った。

 どうでもいいが、なんだその胡散臭い話し方は。そう真一に言ってやろうと口を開きかけたが、その前に例の女の子が俺に向かって話かけてくる。

「こんにちは。私の名前は、水無月智香といいます。学年は一年です。よろしくお願いします」

 自己紹介が終わっても、俺はしばらく固まったままだった。なぜなら、彼女が俺の勝手に抱いていた印象通りの、柔らかいのにどこか涼やかな声をしていたため聞き惚れてしまったからである。また、彼女が俺に向けた笑顔が……反則的に可愛かったのだ。一瞬後ろに花が見えたような気がしたほどだった。そんな俺の様子を見ていた真一がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていることに気付き、俺は慌てて自己紹介をする。

「あ、ごめん。えぇっと、俺の名前は渋谷純だ。学年は二年。こいつとは同じクラスで幼馴染みなんだよ」

 俺が何のあたりさわりのない挨拶をすると、水無月さんはとても可愛らしく両指を胸の前で合わせながら、

「そうなんですか。いいですね。気の置けない存在がいるのって」

 と、見とれてしまいそうなくらい満面の笑みで答えてくれた。

「あ、あはは。そんなことはないさ。なんせこいつだからな」

 ドギマギしながら、なんとか会話を続ける。俺たちがそんな軽口をたたいていると、横から邪魔がはいった。

「おーい、僕のことを無視して話しているなよ。僕の名前は――」

「それは知っている(ます)」

 俺と水無月さんの声が重なる。思わずお互いの顔を見合わせて、次の瞬間に二人同時に「あはは」と声を上げて笑う。

「なんだよぅ。僕のことを無視するなよぉ」

 そんなやり取りを経て打ち解けた俺たちは、一旦解散して、各自昼飯を調達後、屋上に集合して昼飯をとることにした。

 数分後、屋上に着くとすでに水無月さんは到着していて、俺たち二人に笑顔で手を振ってきた。

「お、お待たせ。遅れてごめんね」

「いえいえ。そんなに待ってませんから。とりあえず食べましょうか」

 こうして、いつもと違うなんだか華々しい昼食タイムが始まった。女子一人加わっただけでこうも雰囲気が変わるものなんだなと、不思議な感動を覚える。

「渋谷先輩はいつも真一先輩と昼食を召し上がっているのですか?」

 水無月さんが水筒のお茶を持ってきていた紙コップに入れて、俺に差し出しながら訊ねてくる。随分と用意がいいな。なんか女子って感じがする。

「あ、ありがとうな。えっと、いやいつもこいつと食っているわけではないよ。クラスに何人か行動を共にする奴がいるし」

「へぇ、そうなのですか。てっきり二人はいつも一緒なのかと」

「いや、流石にそんな関係は嫌だ。なにが悲しくてこんな奴と四六時中一緒にいなくちゃいけないんだ。勘弁してくれ」

 ため息をつきながらそう言うと、横にいる真一が俺の肩を掴んで、

「そんな悲しいこと言わないでくれ~!」 

 と、思いっきり俺の身体を揺らしてきた。

「落ち着け! このアンポンタンが!!」

 奴の頭に手刀をおみまいする。

「ぐはっ! や、やられた~」

 わざとらしく真一が倒れる。その様子を見た俺は苦笑い。水無月さんはクスクス控えめに笑っていた。

 

 そんな感じのやりとりを繰り返していたら、あっという間に楽しい昼休みは終わりの時間になっていた。

 必ずまたお会いしましょうと名残惜しげに言う水無月さんと別れた俺たちは、早歩きで自分たちの教室に向かって歩いていた。次が移動教室だということをすっかり忘れていたのだ。無言でせっせと歩いていた俺たちだったが、無情にもチャイムの音が学校中に響き渡った。それを聴いた真一が唐突に足を止め、俺もそれにつられて急かしていた足を休止させる。

「なぁ、純。もうチャイムなっちゃったし、どうせ遅刻だからさ。ゆっくり行こうぜ」

 真一が苦笑いしながらそんな案を持ち掛けてくる。確かに急いだところで仕方ない。俺は真一の提案にのることにした。

 それに気づいたのだ。真一がなにやら話したそうな顔をしていることに。それは長年の付き合いがあるからこそ感じ取れることである。

 俺たちは二人横に並んで、ゆっくりと教室に向かう。その道中、真一はどうして今日、水無月さんを俺に紹介したのかを打ち明けてきた。

「今日智香を紹介したのは、あいつも蒼晴大を目指しているからなんだ。同じ蒼晴大を目指している者として、お前に話し相手になってやってほしくてな。それに……」

 真一はそういうと、俺に向かって真剣なまなざしを向け、頭を下げてきた。

「こんなこと、今日あいつと知り合ったばかりのお前に頼むのはお門違いかもしれない。だけど……純、頼む。智香の力になってやってくれ」

 幼馴染みの俺でさえあまり見たことがない真一の姿に、俺は戸惑いと真一の水無月さんに対する強い感情を読み取る。しかし不思議なことに、真一から感じるそれは、一般的に言われる『恋愛感情』とは別の物のように思えた。

「お前が俺に本気で頼みごとをするなんてほとんどないからな。……分かった。お前の頼み引き受けるよ。ただ、一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「お前は何であの子のためにそこまでするんだ。お前と水無月さんの関係って一体?」

 そう俺が口にすると、真一は苦虫を噛みくだいたような顔で「今は言えない」と言ったきり、黙り込んでしまった。その様子を見て、俺はそれ以上深く聞くことができなかった。


 ☆ ☆ ☆


 次の日。俺が学校に登校すると、教室の前に昨日知り合ったばかりの女の子が居づらそうに周りを見回しながら立っていた。俺が小走りで駆け寄っていくと、彼女も俺に気付いたのか、走って駆け寄ってくる。

「渋谷先輩。おはようございます」

「おはよう水無月さん。どうしたんだ、真一に用か?」

 何でこんな朝っぱらからこの子は二年の教室の前にいるんだろうか。そんな疑問を浮かべながら聞くと、水無月さんは首を横に振って、

「渋谷先輩に用があるんです。少しついてきてもらってもいいですか?」

「え?」

 俺に用? そんなことを考える間もなく、水無月さんは俺の手を引いて歩きだしてしまった。正直、水無月さんはかなりの美少女である。それに、俺は女の子に手を握られた経験なんてほとんどないのだ。そのため、緊張で心拍は早くなっているし、頭の中はまっしろで完全にパニック状態に陥っていて、もうなにがなんだか分からなくなっていた。

 気付くと、あまり来たことがない空き教室の前に来ていた。水無月さんは俺のほうへ振り向くと「ちょっと待っていてくださいね」といい、ポケットから鍵を取り出して、教室の鍵を開ける。そしてまた俺の手を引き、教室の中に招き入れる。教室の中に入るとそこは――美少女のフィギュアで埋め尽くされていた。

「ようこそ。二次元研究会へ」

 昨日聴いた可愛らしい声がそう告げた。

「へ?」

 俺はなにがなんだか分からなくてそんな気の抜けた声をだしてしまう。そして、

「どういうことだ? なにがどうなっているんだよ。」

 そんな言葉が続けて出てきた。俺が混乱していると、後ろから聴きなれた声が聞こえてきた。

「よく来たな親友。お前がここに来るのをずっと……ずっと、待っていたぞ!」

 ドアの先にある未知の部屋には、俺のよく知っている幼馴染みがとてつもなく偉そうにふんぞり返っていた。

「真一!? なんでここにお前がいるんだよ。ここは一体なんなんだ!?」

 俺が現状への理解が追い付かないまま叫ぶと、さっきまで黙っていた水無月さんがにやりと笑い、俺に向かって話しかけてきた。

「デュフフ、渋谷先輩。何を言ってるですか。ここは二次元研究会と言ったではないですか」

 昨日話した水無月さんとは、まるで別人のような水無月さんがそこにいた。おそるおそる、俺は水無月さんに話しかける。

「あの、ちょっと聞きたいんだけど……君は本当に水無月さんだよね」

 俺がそう問いかけると彼女は、

「そうですが」

 と、首をかしげながらキョトンとした顔で答えた。

「昨日俺たちと話した水無月さんだよね? 双子とかではなく」

 信じられず、再度俺が問いかけると、水無月さんは、

「ヌフフ、私は私ですよ。水無月智香です。ちなみに私は一人っ子ですしおすし」

 と昨日とは全く違う性質の笑顔を俺に向けて答えてくれた。

 

 一旦落ちつくために、俺たちはまた放課後に集まることになった。当たり前だが、その日一日は授業に全然集中できなかった。そして、あっという間に放課後になり、嫌々ながら例の空き教室に向かって歩きだす。その途中の階段を上りきったとき、目の前に水無月さんが立っていた。

「渋谷先輩、お待ちしていました。部室まで一緒に行きましょう」

「……あぁ、分かった」

 正直、できれば俺は彼女と一緒に行くのは遠慮したかった。なぜなら今、俺を混乱させているには他ならぬ目の前の彼女だからだ。しかし、この場で断ってしまったがために、後で気まずくなるのは避けたい。そのため仕方なく例の部屋まで一緒に行くことにした。

 例の部屋に着くと、真一が先に来ていた。その姿を見た瞬間、俺は頭に血が上っていくのを感じた。

「おい、お前。教室の掃除はどうした」

 俺が怒りで声を震わせながら問いかけると、

「さぼった!」

 真一は胸を張ってそう答えた。明日の掃除は全部あいつ一人でやらせるように先生に進言しようと、俺は深く心に決めた。

「……はぁ、まあいいや。それで朝の出来事について、説明してもらおうか」

「それについては私が説明を致しますぞ、ぐふふ。先輩についてはかねてから真一先輩に聞いておりました。なんでも私たちのようなオタクを馬鹿にせず、むしろ応援してくれるすばらしいお方であるとかないとか。そこでぜひとも私たちの仲間になっていただこうと、今回このような行動に出た所存でございまする。理解おけですか?」

 水無月さんが早口で言ったため、俺は半分くらいしか理解できなかったが、一つだけ気になった部分があった。心底、聞き間違いであってほしいと願う。

「えーと、一つだけ気になったんだけど、今私たちって言った?」

「いかにも、私たちでござる。デュフフ」

 あぁ……残念なことに聞き間違いではなかった。

「てことは、真一だけでなく水無月さんもオタクだってことだよな?」

 水無月さんはにやりと笑いながら、首を縦に振る。そして、机に置いてあった入部届を俺に向かって差し出し、この二日間の中で一番輝いた可愛らしい笑顔を向けながら、彼女は言った。

「私と契約して、オタク戦士になるですよ!!」

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