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お昼を北澤さんと食べるようになって、三人とは、かなり疎遠になってしまった。彼女は決して悪い子じゃない。素直だし、僕を好きでいてくれて、何かと喜ばせようとしてくれる。話題も豊富で、話していて楽しい。修の事がなかったら、本当に好きになっていたかもしれない。付き合えない、という理由が思いつかない。他に好きな人がいるといえば、それは誰なのかと問い詰められるだろう。これ以上、修を巻き込むわけにはいかない。
「そういえば、最近、うちのクラス、すごく賑やかなんだよ」
ある日の昼休み、北澤さんがふいにそう言った。
「へえ、四組? なんで?」
「佐倉派の活動が、活発なの」
「佐倉派? って、修?」
くすくす笑いながら、うん、そう、と楽しそうに答える。どういう事だろう。
「知らないの?
去年の文化祭あたりから、神崎君たち仲良しの四人、
すっごく人気あるんだよ。
特に、神崎派と佐倉派が二大勢力。
でも、神崎君と佐倉君、仲良くてなんとなく間に入りづらい雰囲気があって、
みているだけって子たちがほとんどだったの。
それが、私と神崎君が付き合い始めて均衡が崩れたっていうか。
神崎派が佐倉派に鞍替えしたり、
他の子に取られるくらいならって、焦る子が出てきたりで、
佐倉君へのアプローチが激化し始めているってわけ。
佐倉君は今のところ、特定の誰かっていないみたいだけれど。
せっかくだから、幸せになって欲しいよね」
「ん? うん」
修が、そんな事に。くそ、そっちの情報が欲しい。けど、四組に近付くと発見されて目立ってしまう。かくなる上は。こっそり行動範囲に目星をつけて待ち伏せると、予想的中。
「おかっち、おかっち」
廊下の角から小声で呼びかけて手招きすると、呆れたような表情で岡田早彩がそばに来てくれた。
「ご指名とは珍しい。どうした、キタザワダーリン」
ちっ。
言い方から察するに、修の事は別としても、多分、そういわれる事を喜んでいないであろう僕の心情に、なんとなく気づいているんだろう。軽くしかめ面をしてから本題を切り出す。
「情報が欲しい。佐倉派とか、なんなの」
「ああ、君が片付いてからこっち、動きが活発なようだね」
「修は、どんな?」
「最近暑いよね。購買のアイスがおいしい季節」
「後でおごるから」
「ま、のらりくらり、かな。落ち着かなくて疲れている風ではある。
バニラといちご、どっちにしようかなあ」
「わかったよ、両方食べればいいだろ」
「有力候補は、今のところ二人。
まず、一年二組の永島さん。
タウン誌の美少女紹介とかいうのに載った事があるらしい。
特技がピアノっていう才色兼備。
本人は元々大人しい子みたいで、
どっちかっていうと、周りの友だちが盛り上がって押している雰囲気。
もう一人が三年生、茶道部部長の小野さん。
古風でしっかり者の美人って感じかな。
あ、図書委員で一緒らしいから、神崎君も会っているかも」
その二人とも知っている。数年前まで男子校だったという蓬泉は、圧倒的に男子生徒の方が多い。きれい系の女子は目立つ。
「で、そっちはどうなの?」
「そっち?」
「君たち、二人。仲良さそうだけど」
さらっとした聞き方だけれど、本心は何を聞きたがっている? じっと様子を窺うと、諦めたように言葉を続ける。
「根強い神崎派から、たまに聞かれるんだよね」
「別に、普通。アイスは、後で声かけて」
はい、毎度、という彼女に手を上げて応えてその場を離れようとすると、あー、ちょっと、と呼び止められた。
「佐倉派の情報もいいけれど、
ハニーの動向にも、気を回しておいた方がいい気がするよ」
ハニーって、北澤さんの事か?
「どういう事?」
「うーん、今の段階では、言えるのはそれだけ。
この情報料はおまけしておく。じゃ、そういう事で」
なんだ、一体。ま、北澤さんの事は付き合っていくうちにわかるだろう。とにかく佐倉派のアプローチが活発って話は本当らしい。束縛できるような立場じゃないけれど、だからこそ、心配だ。