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湊がこっちを睨むきつい目を無視して、さらに言葉を続けた。
「僕の事、本気だったのかよ。
言い寄られるから、その気になって受け容れているだけだろ。
入院していたって、風邪ひいたなんてウソまでついて、
お見舞いにも来てくれない。
電話もくれない。それに」
「いっち、いい加減にしろよ」
「なんで僕ばっかり責められるんだよ。悪いのは修だろ」
「いっち!」
怒鳴る寸前みたいな声で言う湊の言葉に遮られて口を閉ざすと、修の目から涙があふれて頬を伝う。
「みんな待って、僕が勘違いしちゃっていたからなんだ。
ケンカとかしないで。湊も、ごめん。
伊月は、僕の事を、好きでいてくれるって、
それ、今でも変わってないって、勝手に思っていて。だから。
伊月、これね、よかったら使って。
いらなかったら、捨てちゃって大丈夫だから。
もう、お昼とか、帰りも、一緒じゃない方がいいね。
ずっと、勘違いしていて、ごめん」
手にしていた紙袋を、半ば強引に僕に押し付けると、そういって中庭を早足で横切って行ってしまった。なんだよ、泣きたいのはこっちだ。
「いっち、それ、中、見てみろよ」
湊にいわれて、紙袋を覗くと、ノートが数冊入っていた。促される視線に取り出して開くと、表紙に教科が記されたそのノートには、修の字がびっしり並んでいる。
「毎日、俺のところに来て、今日使わないノート貸してくれって。
文系コースの授業、自分なりに教科書見て、
自習で理解してノートまとめていたんだよ。
実力テストが近いのに、一週間も入院して学校休んでいるお前のためにだ。
今度こそ一位取るんだって、お前、言ったんじゃないのか?
クラスは違っても、修と同じ一位の席に座るんだって。
修も、そのためには、自分の理系クラスの勉強も手を抜けないって。
俺がもし、理系と文系、両方の授業内容を理解して、
ノートをそれだけまとめようと思ったら、
どれだけ睡眠時間削っても間に合わねえよ。
何が、見舞いにも来てくれないだよ。
授業は毎日ある。
見舞いに行けば、その日、ノートをまとめる時間が取れなくなる。
修から直接聞いたわけじゃねえよ。けど、想像はつく。
睡眠時間を削ってまでこんな事をしているって言えば、
お前が気を使うって思ったんじゃないか?
修は、大した理由もなく、自分の勝手のために仮病なんて使うヤツか?
入院しているお前に、心配かけたくなくて、ついた嘘なんじゃないのか?
俺の知る修は、そういうヤツだよ。
前にも言った事、あったよな?
なんで修を少しでも信用してやらないんだよ」
湊の言葉を聞きながら、次々ノートのページを繰る。一緒に勉強をしていた時の事が過る。僕が引っ掛かる場所は、なぜか修はすぐにわかってくれた。
(伊月、ここで引っ掛かっているでしょ?)
ピンポイントで解説してくれる修に、どれだけ助けられたか。ノートのどのページも、几帳面に優しい字が並ぶ。図形には解説が加えられ、色分けされたラインが引かれている。蛍光ペンのラインは、修のノートにはほとんどない。これはきっと、視覚のイメージで覚える、僕のための配慮だ。じわりと視界が滲んで、とっさに駆け出そうとする僕の腕を、湊が掴んで止めた。非難するように振り向くと、
「追うな」
と、感情を抑えた声で言う。
「今、追いかけて、修に何ていうつもりだ?
追いたいなら、お前の彼女とかいう存在を、
ちゃんとどうにかしてからにしろ」
足元からさあっと、力が抜ける感覚がする。
(何てことないところで超絶に抜けている時あるよな)
以前湊から言われた言葉が耳の中に響く。本当だよ。なんでいつも僕はこうなんだ。