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「視界全部、満天の星か。僕も見てみたいな」
「伊月も、一緒に行く?」
「え、いいの?」
「もちろんだよ。きっとすごく寒いから、暖かい格好して、熱いコーヒーを淹れて飲みながらみよう」
暖房がきいていて穏やかな午後の日差しが差し込むカフェで、僕たち二人の周りにだけ、市街地では小さな針の点ほどにしかみえない星の光でさえ地上を青く照らすほどの、絶対の闇と刺すような冷気が訪れた。でもそこには、ここよりずっと豊かで緩やかな時間と、人生で一番おいしいと感じるコーヒーが待っている。
「とりあえず、今年の冬休みは、変光星の観測をしようと思うんだ」
「変光星?」
「そう。光の強さが変わる星」
星の光の強さが変わる? きっと不思議そうな顔をしてしまっていたんだろう。修が教えてくれた。
光の強さが変わるって言っても、いろんな原因があるんだ。急に爆発する不安定な星、脈打つみたいに、周期的に膨張と収縮を繰り返す星。太陽は、とても安定した恒星で、そのおかげで、僕たちの住む地球は気候が安定している。それと、星に模様がある場合。自転で地球から見える面に黒い大きな模様が来る時は、星が暗く見えるってわけ。後は、連星が食を起こす時、かな。ああ、連星っていうのは、二つの星が、お互いの重力に引かれあって、ぐるぐる周っている星の事。食は、日食や月食と同じ。暗い星と明るい星の連星が、明るい方が地球側に来ている時は明るい星に見える。
遠心力は二つの星を引き離そうとし、お互いの重力は無限に引き合う。その奇跡的な危ういバランスのおかげで、離れもせず、ぶつかりもしない。人の距離感も、同じなのかもしれないと思わずにはいられない。前向きになれる時、ネガティブな考えに囚われてしまう時、相手の自由がうれしい時、不安が拭えず、束縛をしてしまう時。僕たちも常に、放つ光の強さを変える。今はまだ難しいけれど、いつか、太陽みたいに、周りを穏やかに守れるように、安定した光を放てるようになれる時が来るんだろうか。
カフェを出る時、脱いでいたキャスケットを被ろうとする修に、何気なく思いついた事を言ってみた。
「普段、よく帽子被るの?」
「うん? これ? 出かけようと思ったら、ここのところが寝ぐせだったから」
指差すところをみると、つむじの後ろ辺りが流れに逆らって不自然に跳ねている。ああ、ここ、とそっと撫でると、まだ跳ねている? 帽子、被ったら治ると思ったんだけどなあ、隠せるからいいんだけど、と再び帽子を頭に乗せる。やっぱり修は可愛い。なんだかやたらとツボってしまって、必死で笑いをこらえていたんだけど、そのやり取りは会計してくれた女性にも聞こえていたんだろう、彼女が小さくくすっと笑うのにつられてしまうと、修は不思議そうに首をかしげていた。
店をでると、吹き過ぎていく冷たい風が、暖房で火照った体に心地いい。修はさむーいと言って自分の両頬を包んだ。これからが冬本番。けれど、冬休みはきっとあっという間に終わってしまって、二学期に比べたら三学期はあっけなく短い。そうしたら春になって、もう僕たちも三年生、受験一色になっていく。いま思い描くことができるのは、大学を受験するあたりまで。その先は想像もつかない。楽しくバカをやりながら、大人になっていけたらいい。じいちゃんのいう、誰かを守れる、強い力をつけていけたら。今はその力の姿も、実際にどうしたら得られるのかも、わからない。大人はとりあえず勉強をしておけという。本当にそれでいいのか、時に無性に不安になる。けれど。
迷い、立ち止まり、時に道を外してしまう僕たちの背中を押してくれる、導いてくれる存在がある。友人との会話の中に、テレビのCMで流れた曲の一節に、すれ違う誰かの、ふとした言葉の中に。それはきっと、神様が仕込んだ、迷宮を抜けるアイテム。地図を解き明かすパズルのピース。迷う事に怯えずに進んでいこう。年末の空に、そう誓った。
読了、ありがとうございました。次回からは、starsシリーズの「悪役」、戸川拓実君のお話が連載開始いたします。




