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P38

 映画を見終わって、昼食をとるために寄ったカフェで聞いてみた。


「修は、将来やりたい事とか、夢とかある?」


 夢か、と、少し恥ずかしそうに、うれしそうに俯いてから話してくれた。


「前はね、何でもいいと思っていたんだ。おばあちゃんのそばで働けて、地味で安定している職業で、それで、ほんのちょっと誰かの力になれたらいいなって。でも、最近、もっといろんな事ができるかもしれないって思うようになって。一番の夢はね、やっぱり、宇宙に関する仕事。人工衛星や宇宙ステーションの開発とか。星の環境や性質を調べたり。今、宇宙の果てに一番近い場所を見ているのは、日本なんだよ」


 こんな話をするとき、修は本当に幸せそうに目を輝かせる。それとね、と話を続ける。


「そういう夢とは別に、やりたい事もあって、正直迷っているんだ」


「へえ、やりたい事?」


「今、外国から日本に来てくれている人たちが、いろんな手続きとかで困っている事が多いんだ。言葉が通じないっていうのが一番かな。それに、手続きの複雑さも。英語は得意だし、そんな人たちの力になれたらいいなって思う。まだちゃんと調べたわけじゃないけれど、国際弁護士とか、司法書士とか。そんな、実務的で、誰かが目の前で喜んでくれるような、役に立っている事が実感できるような仕事って、いいなって思うんだ。あとね、お医者さんにもなりたい。獣医にも」


 でも、法学部に行くには文系の勉強もしないとね、と、それでもうれしそうに笑う。


「修だったら、なんにでもなれる。したい事、なんでもできるよ」


「伊月がいてくれたから。僕が、僕自身が、もっとたくさんいたらいいのになんて、思う日が来るとは思わなかった。すごく、贅沢な事だよ」


「それはこっちこそ、だよ。今まで、真剣に将来の事を考えた事なんてなかった。僕はどうせ、なにをやったってうまくいくって。でも、本当は心のどこかで、将来に希望なんて持っていなかった気がする。尊大になって無理矢理安心して、ちゃんと向き合う事から逃げていただけかも。今なら、しっかり前を見られる気がする。修のおかげ」


 そういうと向かい側の席で、少し目を潤ませて両手でカフェオレのカップを包むように持って、ふふ、と修が笑う。そんなに将来っていうわけじゃなく、やりたい事もあるんだよ、と、カップに視線を落として言う。


「今頃の季節、山に星を見に行きたい」


「え、今? 寒くない?」


 驚いていうと、冬の方がきれいに見えるんだよ、という。民家や街の灯りがなく、月も新月に近く、空気が澄んでいる山の上なら、なおいいんだそうだ。


「今までは冬の夜に長い時間外にいるなんて、絶対できないって思っていたけれど、ここ何年か、ひどい風邪もひいていないし、喘息の発作もでていないし、心臓もちゃんと検査して、なんでもない事がわかったし。最近は、ゆいの散歩も早歩きでするし、たまに、走ったりもするんだよ。ごはんも前より食べられるようになったんだ。もっと筋肉とか体力をつけて、もっと丈夫になって、いつか、そんな遠くない何年か後に、冬の山に、星を見に行きたい。厚いシートを広げて横になったら、視界全部が満天の星なんだ」


 健康で、普通の収入がある生活をしている者にとって、それはきっとささやかな楽しみのひとつに過ぎない。改めて幼いころから修を縛ってきたものの重さを思う。生まれつき心臓が普通じゃない。それを誰にも知られてはいけない。病院に行っちゃいけない。発作を起こさないように、思い切り笑っちゃいけない、怒っちゃいけない、走っちゃいけない。そんな母親からの脅しから解放されて、修はもう自由だ。望んではいけない、求めてはいけないと、自分を抑える必要なんてない。おずおずと自分の自由を確かめようとする修が、不憫で愛おしい。誰かの幸せそうな様子が、こんなにもうれしい。

 僕も幸せになろう。そうなるように、自分の本当の望みを、自分のしたい事をちゃんとみていよう。僕の幸せを望んでくれている人を、心から喜ばせるために。

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