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「あ」


 そんな事を考えて、ほんわりした気持ちで並んで歩いていると、さっきまでの機嫌よさそうな表情から一転、ふと立ち止まって今にも泣きそうに眉をしかめて俯く。


「どうしたの? なんかあった?」


「あの、さっき、ごめん。伊月に嫌な思いさせちゃったよね。あの人たちにも、悪い事しちゃったかも」


 ああ、やっと気づいてくれた。そうだよ、無用なトラブルを起こすような事はやめようね。


「いや、わかってくれたならいいんだ」


「あのね、僕は同性愛者じゃない、とか、伊月を差別とか、悪く言うつもりはなかったんだ。ただ」


 しゅううううう、ちょおおおおおおっとおおおおおっ。

 近くを通り過ぎて追い越していくサラリーマン風のスーツの男性が、ぎょっとしたように僕たちの顔をみて足早に先を急ぐ。


「違うって言ったけれど、でもやっぱり、僕もどうせいあ」


「待って、ストップ、わかった、それはもういい、うん、わかったから。それはその、後で話そう。映画、みよう。映画館に行こう。ね、そうしよう」


 必死に遮ってその場所からも話題からも離れようとした。やばい、変な汗でた。なんでこんなところでそんな事を、見ず知らずの皆さんにカミングアウトしないといけないんだ。だいたい、僕は今でも恋愛対象と言えば女の子なんだ。それをちゃんと修にわかってもらうためには、どう話せばいいんだろう。


「おーい」


 呼びかける声が僕たちに向かっている気がして、立ち止まって顔を上げる。相馬先輩。


「よう、佐倉とかんざき」


「だから、こうさきだって。どうも」


「ゴンちゃーーーーん!」


 修は先輩の姿を確認するなり、スライディングするような勢いで先輩の足元にしゃがみ込んだ。愛犬の散歩中だろうか。こいつの名前は確か、ゴン、ゴン……そうだ、ゴンザレス。


「ゴンザレスの散歩ですか、これ、なんていう犬でしたっけ」


 その問いには先輩ではなくて、修が先に答えた。


「トイプードルだよ、伊月」


「何、言ってんだよ、こいつはティーカッププードルだ。トイより小さいんだぞ」


 憮然としたようにいう先輩の言葉に、改めてゴンザレスを見る。なるほど、僕のイメージするプードルよりかなり小さい。四肢は指くらいの太さで、大人が両手をそろえた上に立てるくらいの大きさしかない。クリームがかった白いくるんくるんの毛をしていて、手乗りの羊みたいだ。真っ黒な目と鼻が可愛い。子犬かと思えば、これでもう成犬だという。つか、なんでこいつの名前がゴンザレスなんだ。もうちょっとふわふわしたお菓子みたいな名前があるだろう。例えば、チャッピーとか。いや、チャッピーはないか。


「この前、ドッグランでゴンちゃんとゆいがお友だちになったんだ。だから、先輩と僕も友だちなんだよ」


「おう、犬友だな」


 犬同士が友だちになったら、飼い主も友だち。それは犬を飼っている人たち共通の常識なんだろうか。なんとなく彼らだけのルールのような気がするけど。

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