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ナンパしてきた男の片方が、明らかに不機嫌そうに腰に手をあてて僕らを睨んだ。
「は、クリスマスも近いって言うのに、男同士でデートかよ」
「おまえらさ、あれだろ、同性愛か」
なんでこんなところで八つ当たりされないといけないんだ。そっちが勝手に勘違いしたんだろ。むっとしてつい、
「そっちだって男同士、二人だろ」
と言い返した。相手の二人が揃って、あ、という表情を浮かべて口を開けたまま硬直する。全く、出だしから気分が悪いったらない。
「同性愛者なんですか?」
えええ。ちょっと修!
「せっかく誘っていただいて申し訳ないんですが、僕は同性愛者ではないので、ごめんなさい」
そういって深々とお辞儀をする。背後から、さっきの女の人たちのぶーっと吹き出す声が聞こえる。いや、僕はそういう意味じゃなくてさ、自分たちだって男同士で出かけていてもそういう関係じゃないだろ? 他のやつに変な言いかがりつけるなっていう意味で。しかも、彼らはそういうお誘いはしてないんだよ。なのにお断りして謝っちゃったよ。僕が彼らだったら、プライドずたずただ。逆に申し訳ない気持ちになる。
「修、そろそろ行こう」
そういって袖を軽く引いて、一、二歩その場を離れた。ほっとため息を吐く。と、修が立ち止まって彼らを振り返る。あの、と声を掛けると、微妙な表情の彼らがこちらを見る。ちょっと、今度は何を言い出すつもりだ。
「末永くお幸せに」
その無垢な笑顔に眩暈を感じて、強引に腕を引いてその場を離れた。大股で三百mくらいは歩き続けただろうか。修は、ちょっと待ってよと言いながらも、わたわたとかろうじてつまずかずに後をついてくる。振り向くと誰も追ってくる気配はなく、さっき待ち合わせをしていた場所は遠く、人波の向こうだ。秘かにほっと肩の力を抜く。
「前に伊月が言っていたの、僕もいつか言ってみたいなって思っていたんだ。マネしちゃった」
でたよ、天然兵器、ナチュラル・ウエポン。命名・早瀬。心の底からいい事をしたと思っているからどうしようもない。まあいいや、修が楽しそうでなによりだよ。僕は朝から思いっきり精神力削られたけれど。修は時折、こういう、容赦のない残忍さをみせる。彼らには悪い事をしてしまった。今日一日、気まずい雰囲気で過ごさないといけないだろう。と、修が笑顔のまま、脱力している僕を見て、
「伊月、元気出してよ、コンコン、ちゅっちゅ」
と、手をキツネの形にして、その鼻先で軽く僕の腕をつついた。
「ちょ、えっ、なにそれ、かっわい」
「え? なにって、コンコンちゅっちゅだけど。コンコンちゅっちゅだよう」
いや、それがワケわかんないんだけど。後半、片手で作ったキツネの口をパクパクさせて、声色を変えて言う。どうやら、誰かを慰めたり宥めたりする際のおまじないのようなものらしい。泣いている小さな修を、誰かが、コンコンちゅっちゅで元気付けた事があったのだろうか。修は、きっとすぐに笑顔になった事だろう。なんとなくほんわりしてしまった、今の僕のように。