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P32

 岡田さんと話した翌日の放課後、四組のドアの前に人だかりができていた。教室の中から、派手に言い争う男女の声が聞こえる。嫌な予感しかしない。開けっ放しの教室のドアから覗くと、掃除の途中だったのだろう、机が全部教室の前半分のスペースに詰められて、広々とした後方のカーペットの床に、大きなゴミ箱がひっくり返って、その中に入っていたのであろう丸めた紙やティッシュ、お菓子の空き袋、ミカンの皮などが盛大に散らばっている。おいおい、生ゴミは匂いが出るから持ち帰るように言われているだろう。誰だよ、ミカンの皮なんて捨てたの。って、今はそういう問題じゃないか。言い争っていたのは、予想通り、戸川とえりかだ。修も戸川のそばでおろおろしている。


「お前が散らかしたんだから、早く拾えよ」


「お前なんて言わないで、最低。私のせいじゃないのに」


「何、言っているんだよ、

 せっかく掃き掃除が終わったばっかりのところに、

 わざとゴミ箱、蹴っ飛ばしたくせに」


「わざとなんて、言いがかりは止してよ。証拠でもあるの?」


「こんなでかいものが目の入らないなんて、節穴かよ。

 だいたい、お前、当番のくせに全然掃除しないでずっとサボって、

 その上ここまでするか?」


「またお前って言った。

 だいたい、学費だって払っているのに、

 なんで私が教室掃除なんてしないといけないの?

 清掃員雇わない学校が悪いんだよ」


 あー、なんとなく懐かしいな、えりかの理不尽なわがまま。いや、懐かしがっている場合じゃないか。


「ずいぶん派手にやらかしているね」


 あーあ、と言いながら教室に入っていった僕に、四組全体の視線が集まる。えりかが驚いた表情を浮かべて、慌ててぷいっと視線を逸らす。小さくため息を吐いて、倒れたままのゴミ箱を片手に、ゴミを拾ってぽいぽい投げ入れはじめた。


「おい、なんで神崎が片付けるんだよ。

 他のクラスの奴がやる事ないだろ」


「ま、えりかが言う事も、一理あるかも知れないけど。

 あ、学校が清掃員を雇うってやつね」


戸川にイライラした声をぶつけられ、そう答えながらゴミを拾い続けた。


「でも、大事な奴らが使う場所くらい、きれいな方がいいだろ。

 大事な奴っていうのは、自分も含めてね。

 少しでも居心地のいい場所に置いてやりたくない?

 ここには、僕の大事な奴らがいる。

 元一組のやつらも、同じクラスになった事はなくても、

 そいつらを、なんか助けてくれたりしているやつらも。

 こんなゴミが散らかっている前でもめるのなんて、気分悪いんだよ。

 悪いけど、僕自身が片付けたいんだよね」


 話しながら大き目のゴミはだいたい片付いた。修が教室の後ろに立てかけてあった、教室全体を掃くのに使う、柄の長い箒でゴミを集め始めてくれる。投げ出されるように床に置いてあった、柄の短い箒とちり取りを手に取って、ちり取りの方はえりかに、はい、持って、と押し付けるように渡して視線で促すと、呆然とした様子で修の集めてくれた、細かいゴミの前にちり取りを置く。えりかが支えて待っているちり取りへ、散らして飛ばさないように気を付けながら、手にした箒でゴミを乗せた。ほとんどのゴミがえりかの手にしているちり取りへ収まって、僕が手を止めると、そのゴミをゴミ箱へ落とす。脱力したようにそのまま立っているえりかの手からちり取りを取って、ありがと、と声を掛けた。


「もちろん、大事な奴らの中には、えりかも含まれている。

 フラれたくらいで、大事に思う気持ちまで簡単に消えるわけじゃない」


 驚いたように僕を見るえりかに、笑って返すと、ふっと泣き出す直前みたいな表情になった。


「と、いうわけで、戸川。あんまりきつく言わないでやってよ」


「お前ってドMなんだな」


「えー、エゴイストって言えよ」


 呆れたようにため息を吐く戸川から視線を移すと、箒を持ったままの修が笑っている。自分に関わる全ての人、その人たちに関わる、さらに先の人、みんなが大事だと、その人たちのために、できる事をするのが自らを癒すと教えてくれた人。他人の事に気を砕くのもいいけれど、自分をもっと大事にしろといくら言っても、頑固に信念を曲げず、僕のいう事を聞かない、無邪気で、時に残酷なエゴイスト。自分でも呆れるくらい、僕もずいぶん変わったものだと思う。

 冬の低い軌道を描く太陽が、教室の奥まで穏やかな日差しを投げる。実力テストの結果は、修に次いで学年二位。来期から、入学してから初めて、四組の修と同じ、一組の角席に着く事になった。

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