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「修が好き。
他の誰かで、代えられない。もう、これ以上誤魔化せない。
いつか後悔するとしても、修じゃないとだめ」
修は片手を額に当てた。僕からはその腕に隠されて、修の表情は見えない。その邪魔な手首を引いて無理やりこちらを向かせる。必死に顔だけ背けて、ずるいよ、という。
「伊月はずるい。僕だって、ずっと」
堪えきれずに抱きしめた。制服、ジャケットだけでも脱いでおけばよかった。腕の中にいる修の体温が、遠くてもどかしい。髪に顔をうずめると、身をよじって逃げようとしながら、小さく、いやだ、と言った。
「ごめん。ずるいよね。けど、もう離したくない」
「やだよ、離して」
好きな人に思いが通じないのはすごく辛いんだよと、えりかに言った修の言葉が過る。僕とえりかが付き合っているのを見ながら、修はどんな思いでいたのだろう。一生、お互いのものという契約を、僕から誘って結んだというのに、一言の断りさえなく一方的に踏みにじって。そんな僕を一言も責めずに、僕のためにノートまで作ってくれた。修が、他人を信じられなくなったら僕のせいだ。本当にひどい事をしている。頭の中がぐちゃぐちゃで、修を抱きしめていたい、もっと触れたいと思う欲望が強すぎて、何が正しくて間違えているのか判断できない。どうすれば一番、修にとっていい事なんだろう。今もなお、僕は修を傷付け続けているのかもしれない。抵抗に任せて力を抜くと、座った位置のまま、体が離れる。僕を押しのけた修の手が、上下する僕の制服の胸辺りに、僕の手は修の肩に置かれたまま。怒ったように斜め下を向いて唇を噛んでいる。
「本当に嫌なら、やめる。
僕が関わらない方が、楽なら。修が、その方がいいって望むなら」
怒りの表情のまま、頬を一筋、涙が伝う。僕の胸を押していた手で、ジャケットの襟の端を握る。
「そういうのだって、ずるい」
そういって目を閉じると、怒りの表情は泣き顔になった。
「何回頑張ろうと思っても、伊月が邪魔する。
好きになっちゃいけないって思っても、
やっぱり大丈夫だから、ちゃんと好きになろうとしても、
離れなくちゃいけなくなっても、
どっちも辛いのに、できそうになると邪魔する」
修に振り回されているなんて、僕の勝手な思い込みだ。支えるって決めたのに。
「それなのに、僕に決めろ、って言う。
本当に嫌なら離れるって、そういうの、ずるい」
「責任を押し付けたいんじゃない。本当に、修の望んでいることを」
「それなら」
大きく息を吐いて、顔を上げて真っ直ぐに僕を見上げる。小刻みに震える修の肩に置いた手に力がこもる。
「もう、離さないで」
いつそうしたのかわからないくらい、気づいたら自然に唇を重ねていた。修の家で土星を見た夜から二度目の、思いを告げてから、初めてのキスは、長く、離れても何度も求め合うように繰り返した。髪に指を通してうなじに触れると、くすぐったそうに小さく笑って肩をすくめる。僕も笑って、またキスをした。
「修、今年の年末も、泊まりに行っていい?」
「うん……? いいよ、おばあちゃんも、喜ぶし」
ぼんやりした声で答える修と、少し離れて目を合わせる。
「今年も、UNOをしよう。
今度は、年が変わる瞬間までカウントダウンする。
ずっと修のそばにいられるように、
今の気持ちのまま思っていられるように」
泣き顔を無理やり笑顔にする修に、こつりと額を合わせる。
「朝まで寝かせないから覚悟しろ」
「伊月の方が、先に眠くなるよ」
くすくす笑い合いながらいう。
「この前だって、
僕は、伊月が寝た後も結局眠れなくて徹夜したんだから」
抱きしめる事も、キスする事も、ゲームの景品みたいに思っていた。気持ちいいから好きだって。獲得した達成感と、そのご褒美の一瞬の快楽の後は、次の景品を狙う事を考える程度のもの。思う人が、腕の中にいてくれる。同じように、それ以上に思っていてくれる奇跡。人生の、他のどの瞬間とも違う、特別な時。愛しくて泣けてくるような時間は、他にはない。修。いつか、僕の思う儀式をしよう。修にとっての、年を越すUNOのような。キスはそのはじまり。お互いにずっと、相手のものだと誓う契約を結ぶための。




