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P3

結局、二人は図書室が閉室するまで一緒に勉強していた。当番はその後、簡単な片づけをしてから帰る。いつもの修との待ち合わせ場所へ急ぐと、北澤さんはまだ修のそばに立って、二人で何かを話していた。遠いから、会話の内容はほとんど聞き取れない。


「ね、お願い。だめ?」


「だめっていうか、僕は」


近付くにつれ、だんだん聞こえて来た言葉。はっきりしない修の言葉に、いらいらしながら、お待たせ、と声を掛けた。ほっとしたのと気まずそうなのが混ざった修と、あーあって感じの北澤さんの表情を見る。


「勉強ありがと、助かっちゃった。

 さっきの話、考えておいて。お願いね。じゃ、また」


「うん、またね」


北澤さんが、僕の表情をちらっと窺って、背を向けて走っていく。軽くため息が漏れる。


「お願いって? 何を話していたの?」


「え、ううん、なんでもないよ」


並んで歩きだした時そう聞くと、慌てて視線をそらす。そんなに動揺していて、なんでもない何てことが通じると思っているんだろうか。そうか、僕には言えないお願いってわけ。修は駅へ、僕は自宅のマンションへ向かう分かれ道までのわずかな距離を、気まずい沈黙のまま歩いた。


それからすぐに、北澤さんは、人目をはばからず修に近付くようになった。僕が知る限り、火曜日はカウンターの中で、木曜日はカウンターの中にいる、僕の視界に入る机に並んで。四組の教室の中では、推して知るべし、だ。修と北澤さんが付き合っているという噂が立ちはじめるのにそう時間はかからなかった。修に本を借りる手続きをしてもらって嬉々としていた一年生は、二人の様子を遠巻きに、しょんぼりと眺めていた。せめて修がはっきりしていてくれれば、何も思うことはない。けれど、二人の間の会話も、なぜいつも一緒にいるのかも、問い詰めても誤魔化すばかり。胃のあたりや下腹部がしくしく痛んで微熱が続くようになったのも、僕のイライラを増幅させた。


「いっち、体調悪い? 食欲ねえの?」


七月に入って梅雨は本番、雨の日が増えて、中庭で昼食が取れず、図書委員の当番もなく、帰りに誘おうとしてもタイミングが合わず、今まで以上に修と会えなくなった。会っても、最近は楽しい雰囲気にはならないけれど。その日も湊と二人、教室で昼食をとっている時、そう声を掛けられた。


「んー、まあ、なんか、ここ二日くらい」


「期末も終わったし、実力テストも近いんだし、

 今のうちにちゃんと病院、行っておいた方がよくないか?」


確かにそうだ。なんでもなければ、それに越したことはないし。多分、イライラが続いた気分的なものなんだろうけれど、おなかが痛いのも、微熱が続いてだるいのも本当だし。その日の帰りに早速、以前、修が学校で倒れて救急車で運ばれた病院へ寄って、そのまま、虫垂炎で入院することになった。


あーもーなんなんだよ。この伊月様が、もーちょーで入院? いや、別に誰でもなりえる病気だし、他人がかかったと言えば、大変だったねと同情的な気持ちが沸く。けれど、いざ自分がそうなったっていうと、なんだろう、この恥ずかしさ。虫垂炎っていうと、転がりまくるほど痛いって聞いていたけれど、僕の場合はそうじゃなかったらしい。もちろん、湊に勧められないまま病院へ行かず、翌日になっていたら、やばい状態になっていたかもしれないけれど。手術は思っていたのよりずっと簡単に済んだ。僕の実家は他県で、一人暮らしの身としてはいろいろ不便もあるけれど、ハウスキーパーに連絡して入院の用意をしてもらうと、他には特にする事もなかった。

実家の奴らはというと、じいちゃんと親父は、海外出張に行っているんだそうだ。嫁に行った姉ちゃんも、兄の陽一も、陽一に夢中の母親も、当然だけれど、病院に来ないどころか、電話の一本もなかった。まあ、来られてもウザいだけだけれど。個室にしてくれたのは、一応、彼らの気遣いだったのかもしれないが、看護士が定期的に部屋を訪れるだけの毎日は、精神的にクルものがある。なにが、「コウサキグループの御曹司」だ。金と社会的地位がある家だとして、僕の扱いなんてこんなものだ。お見舞いに来てくれたのは、担任と、湊と早瀬だけ。みーたちは、また、なんだか妙に胡散くさい本を持って来てくれた。よくこんな本見つけるな。みーと早瀬、どっちが選んでいるんだろう。これもある意味、才能だろう。

修からは一度、メールが来ただけだった。術後の経過と体調を聞かれ、順調だと答えると、よかった、風邪ひいちゃったからお見舞いは遠慮しておくね、学校で会えるの楽しみにしている、お大事に、という事だった。

会いたい。

風邪なんか、いくらうつったっていいのに。会って声が聴きたいのに。消毒と、どこか、すえたような臭いの病室で、考えるのは修の事ばかりだった。今頃、授業中だろうか。北澤さんと、話しているのだろうか。修は、彼女の事、僕の事を、どう思っているんだろう。好きとか、そういう感情はよくわからないって言っていた。つまりは、僕の事もその程度ってわけだ。そうだよね、どうせ言い寄られるなら、女の子の方がいいに決まっている。しかも、あんな可愛くて積極的な。病室の窓の外は、雨が昏い空から降り続いていた。気持ちの切り替えができず、鬱々と時間が重く過ぎる。

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