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P26

修のおばあさんは寝るのが早いという。おやすみなさいを言って、修の部屋へ行った。イベント前のわくわくしたような、それでいて、お正月を迎えるどこかおごそかな、しんとした空気だった。少し照れくさくて、冗談のつもりで、UNO、しようか、というと、驚いて僕の顔を見てから、UNO、あるよ、と、少し硬い声で言った。冗談のつもりだったのに、本当に二人でUNOかよ、と思って、


「いいの? 二人で、だよ?」


と聞くと、緊張したように視線を逸らして、思い切ったように僕を見つめ返してから、いいよ、と。その様子がなんだか可愛くて、うんわかった、UNOしよう、と応じた時の、複雑そうな顔。あの時、UNOをしながら、何を話したっけ。ジルエットで働いていた時の事、早瀬と有紗さんの事、学校の事、お互いの将来の事。そういえば、修はちらちらと時計を気にしていた。


「0時に、なった」


新年が近づくにつれて、だんだん無言になって、かすれた声でそう言った。


「年が変わったね。修、あけましておめでとう」


「あけましておめでとう」


これからもよろしくね、と笑いかけて、うん、僕の方こそ、と返した時、少し涙目で、修にとってはお正月って、そんなに感動的っていうか、大事なものなんだなあって感心した。

あの時、どんな思いで、どんな決意で秘かにカウントダウンしていたのだろう。なんとなく止めるタイミングを逃して、そのまま、今年初めての朝日がカーテンの隙間を淡く青く染めるまでUNOを続けた。さすがにお正月に泊まらせてもらって遅くまで寝ているのは悪い気がするし、午後には湊と早瀬と会う事にしていた。仮眠程度でも寝ておこうか、と、勝負が一区切りついたところで声を掛けると、うん、と少しほっとしたように力を抜いて、僕の袖を掴んで、肩に額を預けてきた。修の方からそんな風に近付いて触れてくれたのがうれしくて、肩に手を回して抱き寄せて、額に軽くキスをすると、少し潤んだ目で、安心しきったような笑顔を見せてくれた。

思い出せば、奇跡みたいに幸せな一瞬だった。なんで今まで忘れていたんだろう。それまで、僕を受け入れようとしたり、突き放して距離をとろうとしたり、不安定に揺れていた修が、とても穏やかに僕に接するようになった。修は、冬休みの直前、学校で倒れて、救急車で運ばれ、入院した病院で、お父さんから本当の出生の秘密を聞かされていた。それがきっかけだと思っていたけれど、もちろん、その事も大きかったんだろうけれど、でも実は、あの新年の出来事の方が。


書店にも、二人で寄った事のあるコーヒーショップにも、修の姿はなかった。

僕の方からあんなに求めておいて。修が僕に与え続けていてくれたものを思う。


(伊月にひどい事を言わないで)


僕を守るために、とっさに庇って叩かれて、いつも穏やかな修が、誰かにあんな風に意見するなんて。

図書室でカウンター越しに目が合って、小さく手を上げてこっそり合図しあった事。


ファーストフード店で駆け抜けるように席をみまわす。店員の不審そうな目に構ってはいられない。

いない。


年越しを目の前にした時間、僕から、UNOをしようと告げられた事を、修がどれだけ大事に思ってきたのか。その事実を支えにしていのか。与えられ、受け入れられていることに気づきもせず、踏みにじってないがしろにして傷つけた。


コンビニ、ここにもいない。空には星がひしめく時間。オリオンが昇ってくる。こんなに寒いのに、どこにいるの。ケータイが鳴る。震える腕と、かじかんで力が入らない指がもどかしい。


「湊? 修、いた?」


先に問いかける僕に、いや、って事は、そっちもまだ会えていないのか、と落胆した声で応える。


「悪い、そろそろ帰らないとまずいんだ。

 なあ、これだけ探してもいないんだ、

 これ以上あてずっぽうに探しても、どうにもならんだろ。

 藤森と連絡先を交換して、何かわかったら連絡してくれることになっている。

 いっちも家に戻って、そっちで待っていてくれないか?

 修、いっちのマンションに行くかもしれないだろ?」


来るはずない。僕のところになんて。これは、湊の僕に対する気遣いだろう。わかった、といって通話を切った。探すのをやめるわけにはいかない、けれど、もうどこを探していいのか。制服で学校の荷物を持ったままこれ以上うろうろするのは、まずい。とりあえず、家に帰って着替えよう。

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