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彼女と、彼女の兄の直哉、修の三人、いとこ同士で今夜は絶対に寝ないで新年を迎えようって話した時があった。三人はUNOを始めたけれど、日付が変わる少し前、藤森さんが眠くなってしまったんだそうだ。
「あーあ、眠くって限界。私、もう寝る。後はお兄ちゃんと修でやって」
「何、言っているの、二人でUNOしていて、
年を越しちゃったら、直哉と結婚しなくちゃいけないだろ」
真顔でそういう修のその言葉に、二人は唖然とした、という。
「修の中では、二人きりでUNOをしながら年を越すっていうのは、
もうなんていうか、キスとかエッチとか、そういうのを超越した、
すごく特別な、契約とか儀式みたいなものらしいの。
その時、私たちもちゃんと否定してあげればよかったんだけど、
お兄ちゃんがすごくおもしろがって。
私たちの中では、ネタみたいになっていて。
まさか、今でもその思い込みが続いているとも思わなかったし」
実際、笑い話になり得そうな内容だったけれど、後半、涙声になる彼女の様子を見ていると、かなり深刻な事態なのがわかる。
「契約とか、儀式」
そう繰り返す湊に頷いて、
「あの子の頭の中は、
小さい頃から一緒の私でも測りきれない部分があるけれど、
もう一生、お互いあなたのものですよ、くらいの重さはあるみたい」
と、申し訳なさそうに俯く。
「それを、僕たちにバカにされたと思って、怒ったってわけか」
「責める訳じゃないんだよ、もちろん、修が変なの。
あのね、もし、別れた彼氏が、私とエッチした事とか、
二人だけの秘密みたなものを、目の前で友達に面白おかしく話していたら、
その、やっぱりショックだと思う」
自分の言葉にそう答えられて、早瀬が、ああ、と天井を見上げる。
「それは、痛いな」
こらえ切れず席を立った。
「探してくる」
荷物は持っていこうぜ、と湊が自分のバッグに手を伸ばす。藤森さんも立ち上がって、縋るように真っ直ぐ僕を見た。
「あのね、神崎君、こんな事、私が言うの、迷惑だと思う」
全員が動きを止めて彼女を見る。
「修、ご両親の事情とかいろいろあって。
こんな言い方、よくないけれど、可哀想な子なの。
中学で私と一緒になるまで、小学校の頃とかいじめられていたみたいだし。
笑っていても、心を切り離して、本当の自分はいつも殻に閉じこもって。
誰の事も、なにより、自分自身の事も信じていない子だったの。
おじいちゃんが死んじゃってから、ますます無表情になっていって。
でも、高校に入って、三人と仲良くなって、
初めて本当に笑っている修を見た気がする。
おばあちゃんも、すごく明るくなったって言っていて。
気持ちが離れたり、変わったりするのは、しょうがないよ。
でも、お願い。変な風に傷つけたりする事はしないで。
修がまた、前みたいに、自分を閉じ込めてひとりぼっちになろうとしたら、
そんな風になったら、私。
もう、おばあちゃんにも心配掛けたくないの。お願い」
泣きながらそう訴える彼女の言葉に、胸が締め付けられる。
「わかった、ごめん」
やっとそれだけ言葉にして、バッグを掴んで早足で教室を出た。靴箱に、修の上履きが入っている。履き替えて外に出たのは間違いないだろう。もう校内にはいないかもしれない。試しにケータイを鳴らしてみるけれど、さっきと同じ、電源が入っていないというアナウンスが返ってくる。とりあえず、僕も靴を履き替えて校舎を出る。去年の年末から、今年の新年に変わったあの日の夜を思い出す。