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「とにかく、えりか、今までありがとう、じゃ、まあ、そういう事で」
こんなバカバカしいところで晒し者になるのはもうたくさんだ。僕はたった今からフリーだ。あんなに尽くした彼女に二股かけられていたっていうのに、身軽でうれしい。振り向くと、みんなが立っている。すっかり飽きたような態度だけれど、口元に微かな笑いを浮かべている湊、真っ直ぐに、少し誇らしげな表情で立っている早瀬、問いかけるようにじっと僕を見る、修。なんとなく、ただいま、と言いたい気分だった。彼らの友情に対する感謝で胸が熱くなる。
「伊月」
修。
守ろうとしてくれて、ありがとう。心配かけてごめん。痛い思いをさせてごめん。もう、僕は。
「ねえ、伊月も産業祭、行ける?」
ぶふう、と、早瀬が吹き出す。さっと後ろを向いた湊も、肩が小刻みに震えている。おい、お前ら。
「お話、終わったなら帰ろうよ。おなか減っちゃった。
インド人が作るカレー屋さんのお店があるんだって。麻琴も行く?」
「私、日直だし、これから約束あるし。
あ、上履きのまま外にでちゃった。やだ、はずかしー」
あのさ、今、すごく感動するような場面だったよね? こういっちゃなんだけれど、僕はたった今、君たちの目の前で彼女と別れたんだよ。みんな、それ、見ていたよね? 見ていて、インド人のカレー? 上履きで外に出るのは禁止だけれどさ、そっちの心配? ここには僕以外、まともな人間はいないんだろうか。
「先輩、今から伊月君と決闘してよ。私のために!」
「や、今からはちょっと。うちの犬の狂犬病の予防接種行くし」
「え、犬、飼っているんですか?
うちにも唯っていう子がいるんです。
毎日かわいいから唯っていうんですけれど」
「君んちも犬、飼っているんだ?
へえ、毎日可愛いからゆいちゃんかあ」
いきなり、思い切り目を輝かせて修が飛び出してきて、一気にそう言った。うわあ、犬バカが食いついちゃったよ。てか、世界にただ一匹の犬だから、唯一の唯っていっていたよね? 毎日かわいいから唯ってなんだよ。先輩も、なんでその説明で納得できるんだよ。
「犬とか予防接種なんて、どうでもいいでしょう!」
「あ? なんだよ、えりか、うちのゴンザレス、ディスんのか?」
「狂犬病の予防接種は飼い主の義務なんだよ。
それに、唯の事、どうでもいいとかひどいよ!」
修がゆいちゃんを大事にしているのはわかっているけど、さっき、「伊月にひどいこといわないで」って言った時より、声、張っているよね? 思いっきりハラの底から声、出ているよね? 微妙に凹むんだけど。
「このままだったら本当に、もう伊月君と別れちゃうからね? いいの?」
「うん、まあ、先輩と末永くお幸せに」
「かんざき、お前っていいやつだな」
「いい話だね……」
ほろりとする修にそう声を掛けられた藤森さんが、無表情に「どこが?」と返す。
「待ってよ、今別れちゃったら、
クリスマスのドレスウォッチ、どうなるのよ!」
その答えなら、とっくに用意してある。
「パパかママに、買ってもらえるといいね」