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「伊月君も何か言ってよ!」
えりかの矛先がこっちに来て、我に返る。言えって、何を? いいぞ、もっとやれ、じゃなくて、ええと。
「えりか、あの。パンツみえているよ」
僕の言葉に、これ以上ないっていうくらいの驚きの表情を浮かべて、ばっとスカートの裾を抑える。やば、そういう事を言うべきじゃなかったのか。でも、あんなに丸見えじゃ、やっぱり先に指摘した方が。いくら白だったからって、いや、色は関係ないか?
「おい、かんざきってのはお前か?」
人垣から男子生徒が一歩踏みだしてきた。制服を着崩して、茶色に脱色した髪を跳ねさせたりして無造作に伸ばしている。野性的というか、男性的なイケメンだけれど、ちゃんとしたお店のアルバイトは、見た目で断られるタイプ。ちょっと待て、状況に頭がついていかない。
「いや、あの、こうさきですけど」
「てめえ、なに人のオンナに手、出してんだよ」
はああ? 昔、遊んでいた女関連の何かなのか? 今忙しいんだよ、後にしてくれ。てか、あんた誰だよ。ピンバッチの色は緑、三年生だ。
「先輩!」
立ち上がってその三年生に駆け寄るえりかを振り返る。
「え、待って、ヒトの女って、えりかの事なの?」
「私は、誰のものでもない。
でも、伊月君、ごめん。あなたも先輩も、同じくらい好きなの。
どっちかなんて選べない!」
その瞬間、すごく呆気なく、すうっと何かが抜けていった。目が覚めるとか、憑き物が落ちるって、こういう事を言うんだろう。えりかに寄り添われて、イケメンヤンキー先輩が顎を上げて睨んでくる。
「お前な、顔が良くて頭もよくて、
バイオリンとか上手くて金持ちで人気者だからって、
いい気になってんじゃないのか?」
それだけ揃っていたら、多少いい気になったっていいだろ。だいたい、けなしたいのか褒めたいのかどっちだよ。好感持つぞ、このやろう。
「おい、かんざき、えりかをかけて俺と勝負しろ!」
「もうやめて、私のせいで争わないで」
「あの、どうぞ」
えりかと三年生が、ぽかんと僕を見る。
「僕は遠慮しますんで。先輩、どうぞ」
「え、いいの? じゃ、こっちがもらっちゃうっていう事で」
あはは、どうぞどうぞ。思わず乾いた笑いがでた。
「ちょっと待ってよ、私の事、好きだったんじゃないの?」
「うーん、そうだけど、でも、フタマタはないなあ」
「なに! えりか、お前、二股かけてたのか!」
なんだろう、眩暈がする。先輩はきっとすごくいい人なんだろうけれど、こんなのと僕が同等ってどうよ? ていうかさ、周りからは、僕も同類だと思われているんだろうな。今まで築き上げてきた何かが、音を立てて跡形もなく崩壊していく気分だ。